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「バッドエンド×勇者(バッドエンドヒーロー)」 2話 ⚠︎ジャンププラス原作大賞、連載部門応募作品
どれくらい歩いただろうか。
薄暗い森の中を進み続け、俺は体力の限界を迎えていた。
「どこまで、続いてるんだ……」
暗闇が続く魔界では時間の感覚がまるでなかった。幸い視界は暗闇に慣れてきたが……いや、慣れたというより魔族だから見えているのかもしれない。
そう木に手をついた拍子に、足の力が抜ける。まずい……そう思った時にはもう、俺は地面に倒れ込んでいた。
□ □ □
――どこだ、ここ。
白い天井。パチパチと音を立てる暖炉の灯りが部屋を照らしているのが分かる。暖かい布団が首元まで掛けられていた。ベッドに横たわっていた体をゆっくりと起こす。
「あ、起きたぁ!」
活力溢れる声がすぐに飛び込んでくる。声の主は俺の顔を覗き込み、長い橙色のポニーテールを揺らした。
「大丈夫?」
「魔族……!!」
この世界に来て、初めて魔族を見た俺は驚きのあまりそう叫んでしまった。
「何当たり前のこと言ってるの? それに君も魔族でしょ!」
少女に言われて思い出す。ここは魔界で、人間がいる方がおかしいのだ。
魔族の少女はまじまじと俺の顔を見たあとに「たしかに……」と呟いた。
「まだ覚醒前なんて君、珍しいね」
内心ドキリとする。
「君くらいの年齢だったら、角とか爪とか、瞳の色とかさ、ひとつくらい覚醒しててもいいと思うんだけど」
「ほら私の頭見て。角があるでしょ?
貴族の人たちは、翼とかホント立派なんだけどね~」
少女が一人喋り続けていると、同じ髪色をした少年が奥の部屋からやってくる。
「こらこら、アイルは失礼なこと言わない。覚醒するタイミングはそれぞれだよ」
目鼻立ちから声までそっくりだった。
この少女とは双子なのだろうか。
性格は随分違うようだが。
「ごめんね、行き倒れ君。気分はどう?」
急に話しかけられ、身体が強ばる。
魔族と会話しろっていうのか……?
だがすぐに冷静になる。無言を貫いて逆に怪しまれてもやっかいだ。
俺は彼を鋭く睨みつけ「誰が行き倒れだ」と答える。
「随分と威勢が良い子みたいだね、アイル」
少年はさして気にする様子もなく、爽やかな笑みでこちらに向かってくる。
「な、なんだよ」
「え? なにってほら、お腹空いてるかと思って」
少年は湯気の立つスープとパンを俺の前に差し出した。
途端、奇妙な音が響く。空腹であることには変わりないらしい。
「……」
「……食べないの?」
少年がきょとん、とした顔で問う。
ここが魔界である以上、一口食べれば死ぬことだってある。言葉や心理を理解してる魔族はそれだけやっかいだ。だからこそ、こいつらが俺を殺そうとしていない確証がない。
人間だとは思ってないみたいだが……。
「も~カイルは不親切だなぁ。さっきまで倒れてたんだよ。そこは食べさせてあげようよ」
アイルと呼ばれていた少女はスプーンでスープを1杯すくうと、それを自ら冷まし始めた。そしてそれをそのまま俺の口元へ向ける。
「はい、あーん!」
半ば無理矢理口に押し込まれる。
「……アイルのそれが親切だとは思わないけど」
カイルと呼ばれていた少年が苦く笑う。魔族の癖になんなんだよ、こいつら……。
そう思いながらもスープを飲んでしまう。意外なことに味も悪くない。予想以上の美味しさである。
「おいしいでしょ! カイルは料理が上手なの」
「別に普通だよ」
「なに謙遜してるの? あ、分かった! 珍しくお客さんが来てるから緊張してるんでしょ?」
まるで人間みたいな会話をするんだな。
スープとパンを口へ運びながら、俺は一言も話さなかった。
「僕らの駆使する森に、誰か倒れてるんだもん。びっくりしたよ。そういうの僕たち放って置けないたちでね」
少年がそういうと、少女もにかっ、と無邪気に笑う。
「…………」
やはり俺はあのまま薄暗い森で意識を失っていたらしい。耳だけを傾け記憶を巡らせる。
となると、この二人の魔族は俺を助けたということになる。
……魔族が人助け。なんの利得もなくそんなことするだろうか?
「そうだ、ここらで自己紹介しておこうか。僕はカイル」
「私は双子の妹のアイル! 君の名前は?」
「俺は……シャルだ」
「よろしく。ここらじゃ見ない顔だけど、シャルは四国から来たの?」
四国……?
何も言えずにいると少女が両手を合わせ、双眸を見開いた。
「ああ、そっか。王都でしか、この言い方しないもんね。東西南北のどの国から王都に来たの?」
どうやらここは王都だったらしい。
さすがに出身地を答えられないようじゃ、怪しまれるか……。そう頭を捻らせていると、見かねた少年が肩を叩く。
「……ま、話したくないこともあるよね。僕たちまだ会ったばっかりだし、答えられない質問は答えられないでいいからさ」
「わるい」
少年があまりに自然にフォローするので、こちらも自然と返してしまう。
なに普通に返してるんだ、俺。
少年は食べ終わったパンとスープの皿を回収しながら、少女と再び談笑している。
俺はこれからどうすれば良い?
これ以上、魔族といるのも気が進まない。
「……世話になった」
立ち上がり、扉のある方へ体を向けようとしたのだが、少女が俺の腕を掴む。
「ちょ、なんで? 行く当てあるの? どこから来たか教えてくれなくても、あんな場所で倒れてたんだもん。遠くから来たことは分かるよ!」
「……別に」
「しばらくここにいて良いんだよ?」
その瞬間驚きのあまり絶句した。
意味が分からなかった。こいつは本当に魔族なのか、という気さえしてくる。これじゃあ、下手したら人間よりお人好しだ。
だが、それを信じられるかどうかは別だ。
「……離してくれ。助けてくれた事の感謝はしてる。でもあんたらとこれ以上、関わるつもりは無い」
と冷たく突き放す。
魔王の命令に従って、メリバさんとメリバさんの町を魔族は滅ぼした。例えこの二人が直接手を出していないとしても、同罪だ――。
「まぁまぁ、落ち着いて」
そう割って入ったのはカイルと名乗った少年だった。
「じゃあこうしよう! 君も目的地があるわけだよね? 急いでないならここで準備したらいい」
「僕たちはシャルがまだ心配なんだよ。だからベットも貸すし食事も提供する。悪くない話だと思うけど」
「そ、そうだよ! そうしようシャル!」
たしかに俺にとっては都合が良い話だ。
運が良ければそこから魔王の情報が手に入るかもしれない。
「優しくしてもらったら、優しくしなきゃいけませんよ」と言っていたメリバさんの顔が浮かび、やりきれず、深くため息をついた。
ああ、くそ……。
「分かった。……しばらく世話になる」
答えるやいなや、アイルとカイルは顔を見合わせて喜んでいる。
こうして俺は、しばらくの間この2人の魔族と暮らすことになった。