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『食育』は息子がしてくれた

この夏休み、7月後半になってのランチはファミレスみたいな献立が続く。

…というのも、息子がまもなくひとり暮らし開始なので、彼のために小分けして冷凍しておいたものを、せっかくなので全部食べてもらいたいけれど、カレーとミートソース連日続けるわけにもいかないので、カレーうどんになったり、ドライカレーになったり、ラザニアになったり。

そう、我が家の食卓には、フランスの家庭料理と同じかそれ以上に和食や(いわゆるニッポンの)洋食が並ぶ。しかも、小皿や汁物付き。

前にも書いた通り、うんと小さい頃息子は食物アレルギーがあったので、日本のメニューの方が食べられるものの選択肢が広かったから、納豆やふりかけやお豆腐…とどんどん口にさせてみたら、どれも気にいってくれた。お味噌汁とぬか漬けは特に気に入って、カレーの時にも添えるのが習慣になった。

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今日は、冷凍ごはんもたっぷりあるし、「カレーはどう?」と(私はおそうめんにしてしまおうと思っていた)ら、「カレードリアがいいな」

ベシャメルソースを作る一手間も、こうしてべったり食事するのもあと数日かと思うと、面倒などころか心弾む不思議。

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一方で、我が家の冷蔵庫には、彼がいつでも食べられるようにブロッコリーやインゲンなどを茹でて、玉ねぎやパプリカ等はスライスした状態ですぐ使えるように入れてあるから、調理するのも、副菜を添えるのも手間がかからない。

一緒に食卓を囲む人数分には足りない中途半端に余ったソースを、うどんにしたり、ドライカレーにしたり、ドリアにしたり…とことん食べ尽くすのは、妙な達成感で満たされる(でしょう?)。

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時々は、カレーうどんが前菜で、鶏肉のクリームきのこソースがメインという、和洋ならぬ和洋仏な食卓になったりするし、中途半端に余ったフライドポテトを添えたり、全く以てファミレス的になったりするのが、可笑しく、楽しい。

世界のどこで暮らしていても、こんなふうに、自分になじみのあるままの料理を、日本語で「美味しいね」と言い合って食べられるなんて、奇跡みたいだ。

元はと言えば、(一時帰国で通学させてもらっていた)日本の給食を息子が初日から完食した上に、おかわりジャンケンまで参加したと言うのを聞いて、とことん日本的なものを取り入れてみようと思ったのがきっかけ。(担任の先生は、何も食べられなかったらどうしようかと思ってハラハラしていたらしく、明るい涙目で話してくれた)

日本人だから和食を好きにならせたいと思ってはいなかったし、逆に、フランスで和食を頻繁に作りながら育児していくなんて、想像したこともなかった。

子どもが食べたがるから、喜ぶから、美味しいと言うから、これはもうちょっとこういう味の方がいいと言うから、友達にも食べさせたいと言うから、そして、その子たちが気にいってリクエストしてきたり(苦手なものはそれなりにわかったり)してきたおかげで、ロックダウンで日本に帰れなくなって久しいけれど、こちらで手に入る食材と調味料だけで普通に日本のごはんを作り続けられている。

相変わらず、20年前と同じ定番のデニムを履き続けていられるのも、食生活が安定しているおかげかもしれない。子どものためにとキッチンに向かっていたつもりだったけれど、食育をしてもらっていたのは私の方かも。

食で育まれるのに年齢制限は、ない。



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Kimiko Botti / ボッティ喜美子
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