2月14日、ウクライナ情勢をめぐる外交交渉について。
ドイツ・ショルツ首相は2月14日、ウクライナ首都キエフを訪問し、ゼレンスキー大統領との会談を行った。このところウクライナのメディアでは、ロシアとの間で緊張が高まる危機的な状況の中で武器の提供を拒否したドイツに対し批判的な論調が支配的となっていた。しかし蓋を開けてみると、今回の訪問でドイツはウクライナの強い後ろ盾として一体感を打ち出すことに成功したと言える。
ところで、この首脳会談で注目すべき動きがあった。ゼレンスキー大統領が、東ウクライナ紛争地域ドンバスの特別な地位を法的に明確化し、その上でドンバスの在り方に関する住民投票を行う方向を目指しても良いと明言したのだ。このことは、ロシアとの間で頓挫しているドンバスでの停戦と安定化プロセスを取り決めたミンスク2合意の履行に対して、ウクライナは必ずしも後ろ向きではないという意思表示をしたものと捉えることができる。
ミンスク2合意が内在する矛盾と、それに起因するウクライナとロシアの対立については、弊稿「2月12日ウクライナ情勢をめぐる外交交渉」に書いたので、それを参照いただきたい。
ウクライナ側は、現状のミンスク2合意には問題があり、履行は拒絶するという姿勢であり、それに対しロシア側は、現状のままのミンスク2合意の履行をウクライナ側に強く要求している。
ミンスク2合意をめぐるウクライナとロシアの話し合いは、仲介役としてフランスとドイツが加わったノルマンディーフォーマットという協議の場で行われてきた。しかし、両者の相違を埋められないまま、先週のベルリンでの協議は物別れに終わった。
今回のショルツ首相との会談で、ゼレンスキー大統領がミンスク2合意に対して前向きな姿勢を見せたことは、その背景にロシア側との間での交渉可能な外交的素材が出てきたことを暗示させると言えるだろう。
社会民主党(SPD)出身のショルツ首相は、同党重鎮のシュレーダー元首相に近い政治家としてキャリアを築き、第1次メルケル政権(キリスト教民主同盟CDUとSPDによる連立政権)に労働大臣として入閣、その後ハンブルグ市長に転じた後、第4次メルケル政権で副首相兼財務大臣を経て、昨年の連邦議会選挙でのSPD勝利を受けて首相に就任したという経歴を持つ。
そのような背景から、ショルツ首相は、SPD出身ながらCDU人脈を持ち、特にメルケル氏と良好な関係を築いてきた。メルケル氏は、昨年末に政界を引退し、その後公の場から一切身を引いている。しかし今年に入り、ウクライナ情勢が緊迫度を増す中、ドイツ国内では事態打開のためにウクライナ問題の経緯に詳しいメルケル氏の知見を借りるべきではないかという声が聞かれるようになっていた。
政界引退後のメルケル氏はメディアとのコンタクトを完全に絶っているため実際の動静は不明だが、今回のキエフでのショルツ首相とゼレンスキー大統領の会談を見ていると、ショルツ首相がメルケル氏側とウクライナ情勢について何らかの意見交換を事前に行ったのではないかと勘ぐってもあながち間違いではないと思われる。
実は、現在ウクライナとロシアの間の交渉においてネックとなっているミンスク2合意のほとんどの内容を中心的に取りまとめたのは、当時仲介役としてフランス・オランド大統領と共に加わっていたメルケル氏だ。
メルケル氏が当時仲介役として目指したのは、紛争地域ドンバスにおける早期の停戦の実現だった。それに対して、当時ウクライナ政府の後ろ盾だったアメリカは、ウクライナ政府に対する武器の積極供与を行い、戦闘によるドンバスの親露派勢力の制圧に傾いていた。しかし、戦闘が激化することでウクライナが内戦状態に陥ることを強く危惧したメルケル氏は、そうしたアメリカの意向を阻止し、その結果取りまとめられたのがミンスク2合意だった。
早期停戦の実現を急ぎたい意図を察知したロシア・プーチン大統領は、その状況を逆手に取り、ミンスク2合意の解釈が当事者にドンバスの現地勢力を含む余地を残すなどロシア側に有利な内容を反映させることに成功し、それが、ウクライナとロシアの間で対立の原因となっているミンスク2合意の当事者問題となっている。
こうした複雑に込み入った事情をひもときながら、現在の事情の変更を考慮しながら仲介活動を行わない限り、ミンスク2合意をめぐる協議はうまく進展しない状況にある。
ところで、同じ14日にモスクワ・クレムリンで注目すべき動きがあった。プーチン大統領がラブロフ外相に対して、ウクライナ情勢に関する外交交渉の継続を指示したのだ。15日にショルツ首相がモスクワを訪問する前日の段階でのこのプーチン大統領の動きを見ると、あたかもショルツ首相とゼレンスキー大統領の会談結果を見越していたかのように思える。
ロシア側の動きを完全に予測するのは不可能だが、筆者としては15日にモスクワで行われるショルツ首相とプーチン大統領の会談後に何が起きるのかを注視している。
(Text written by Kimihiko Adachi)
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