文革から学んだ「逃げても良い」
文化大革命について、以前記事を書きました。日本で生まれ育った私にとって、衝撃的で信じがたい歴史的出来事です。
中国人の夫は、両親や祖父母がこの時代を生きた人たちだったので、話を聞いて学んだことがあるといいます。それは、「にっちもさっちもいかなくなったら、逃げても良い」ということだそうです。
とにかく、文革の時代は生きていればなんとかなる時代でした。生き延びて、文革の時代が終わるのを待っていれば、どうにでもなると。だから、当時のやり方に反発して殺されたり妥当されたりするよりは、恥を捨ててでも生き延びた人たちは賢い選択をした、と思うそうです。
「韓信の股くぐり」ということわざがあります。韓信が、若いとき町でならず者に言いがかりをつけられ、耐えてその股をくぐったという話です。転じて、大望をもつ者は目先のつまらないことで人と争ったりしないという意味になりました。まさに、これと同じ状況だと思います。
私は、この話を聞くと『ONE PIECE』のシャンクスの話を思い出します。山賊に言いがかりをつけられて酒をかけられても、笑ってやり過ごしたシャンクスの話は、かなり有名な話ではないでしょうか(ちなみに、夫は『ONE PIECE』も登場人物が多すぎ、話が長過ぎとのことで、好きではないので、このエピソードを知りません)。
話は戻りますが、何があってもなんとか生き延びることが正解だった文革を知っている夫からすると、真っ先に「死」を選択した第二次世界大戦の日本軍の発想は、とても信じられないのだそうです。
正確には「死」を選択させられた人のほうが多かったと思います。確かに切腹の文化があることなどから考えると、「死=責任を取る」という思想が他の民族より強いのかもしれません。海外でもなくはないのですが、日本が特に強いといった印象です。「自決して、許してもらおう」という発想が強い気がします。
ところが、最近頑張って逃げきった特効兵がいた、ということを知りました。『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』という本に書いてあります。
主人公の佐々木友次のいう人は、優秀な戦闘機パイロットでした。しかし、玉砕するよりも、生きて戦争に勝つことのほうがメリットが多いことを知っていました。そこで、特攻用の戦闘機を改造し、何回も特攻から生きて帰ってきたのだそうです。とても信じられない話ですが、実話です。鴻上尚史氏が佐々木友次を取材した話を元にしているようです。
この時代にも、こんな人がいたのはかなり驚きです。私は、みんな「お国のために死ぬ」と言って死んでいった若者ばかりだと思っていました。ところが、そんな時代でも、疑問をもって自分で考えて生き延びた人もいたのだと思うと、自分の生き方について考えさせられることも多いです。
現代でも、辛くて理不尽な目に遭った等の理由で自殺する若者がいますか、この本を読むと、自分で考えて生き延びてこそ、勝利なのだということを感じます。
『宮廷の諍い女』でも感じたことですが、強い勢力の傘下に入って自分を守ってもらう代わりに、何でも言いなりになるよりも、派閥に属さず、正しいと思うことを一人でも考えて行動したほうが、良いことがあるのではないかと思いました。
最近、松井優征の『逃げ上手の若君』というアニメが放送されています。一昔前までは、少年漫画の世界でも「逃げずに戦うことが格好いい」という思想が強かったと思いますが、「逃げて生き延びてもいいんだ」という発想が、少しずつ受け入れられる世の中になってきたように感じます。
どんな時代になっても、何も考えず、ぼーっと過ごすと、本当に大切なものが守れなくなる日が来るかもしれません。それを避けるためにも、常に社会の情勢に対してアンテナを高くし、学び続けることは大事だと考えます。
次の世代にも、伝えていきたい事柄です。
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