【後悔】適応障害になった時、◯◯しておけばよかった…
こんにちはkimです。
今回も前回に引き続き、体験談「適応障害シリーズ」について書いていこうと思います。
適応障害になった時後悔したこと
当時22歳の筆者kimが適応障害になった時に後悔したことを書いていきます。
⚫️ 親に相談しなかったこと
一人っ子でひとり親の環境下で育ったkimは、親に迷惑をかけたくないという思いから、適応障害になり仕事を辞めた後もそのことについて話をしていませんでした。
少し時間が経ち、親が「仕事は?」と聞いてきたので、「辞めたよ」と伝えた時に初めて自身が適応障害であることを伝えました。
その時にはもうメンタルが底なし沼の地底まで沈んでいたため、
「あぁ、バレてしまった、絶望させてしまう、こんな子供でショックだろうな」とネガティブな思考に陥りやすい思考だったため、寄り添ってくれた家族がいてもなお、正常なメンタルに戻るまでかなりの時間がかかりました。
子供の頃から"親に迷惑をかけたくない"という気持ちで生きてきたこと。
親は筆者が子供の頃夜遅くまで働いていたり、出張が多かったことからなかなか一緒にいる時間が取れず、年齢も他の親よりかなり若かったため、周りの友達の親にヒソヒソ年齢のことを弄るような話をされていることを知っていたので、「自分がしっかりしたら、親の評価も良くなる」という思いから責任感だけ強くなってしまいました(笑)
そのせいなのかは定かではないですが、親に相談することを苦手として生きてきた筆者としては「あの時もっと相談をしていれば、時間をかけずに回復できたり、適応障害にならずに過ごせたのでは?」と思います。
⚫️ お金がなくなり、心の余裕もなくなる
親に黙って仕事を辞めてしまったこと、貯金をしっかりしていなかったためすぐにお金がなくなってしまいました。
当時は傷病金手当などの制度があることを知らなかったのも大きいですね。
これも前述の通り、親に相談していたらこういった制度も利用できたんだろうなと思います。
また、お金がなくなると外に出ることも減りますし、友人ともどんどん疎遠になっていくことから、周りの人たちとの疎外感を感じてしまい余計に適応障害の症状を悪化させていくことに…。
これは今でも思いますが「お金があるときは心が豊か」だし、「金欠の時は怒りっぽかったり、心に余裕がなくなる」なあと思います。
なのでみなさまも是非、貯金はしっかり行いましょう。
⚫️ 次の職探し
これは本当に大変でした。
適応障害になった自分が、再度社会に出て働くことはできるのか。
また同じようなことが起きてしまうのではないか?という不安からなかなか次の仕事に応募する気も起きず、しばらくニートの時間がありました。
筆者の場合は、経験のある接客業でアルバイトからリハビリをしていき、
今ではとある会社で正社員としてWebマーケティングの仕事をしています。
なので、みなさまも焦らず、ゆっくり社会復帰していくので十分だと思います。もちろん、アルバイトなどのフリーターで自分の無理のない範囲で働くのも良いですし、自分の心を第一優先にして生活していきましょう。
適応障害になって後悔することも多かったけれど、得るものもあった
え?と思うかもしれません。
実際、心をすり減らしながら生きていく日々に、絶望感しかない感覚でした。
何度も「ここだと死ねるかな?飛び降りるとどうなるかな?ここで飛び出たらどんな風になるんだろう」と、異常な精神状態でした。
お金もなかったですし(笑)
でも、言葉の使い方や捉え方だったり気持ちの切り替え方だったりは強くなれたと感じています。
あとはとにかく客観視しやすくなりました。
悪く言えば感情が消えましたが、論理的に物事を捉えられるようになったので仕事をしていく上では助かっています(笑)
もちろん個人差があるとは思いますが、過去のことだし今では友達間でこんなことあったんだよね〜と話のネタにしています。
どうか適応障害で悩んでいる方は、自身のペースでゆっくり進んでいきましょう。
身の回りに適応障害の人がいる方は、どうかそっと側で見守ってあげてください。過干渉されると「心配させてしまって申し訳ない」と感じますし、「頑張ろう」という言葉もプレッシャーになるので”ただ、そばで見守ってあげて”。
-kim-
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