「鵜呑めない人。」-江戸大火編-
なんだか最近、人生のありとあらゆる面で諦めがついた気がする。
年齢を重ねれば重ねるほど、その人生は自分独りのものではなく、有限の資源を自分以外の誰かに分け与えることになってしまっているのには気づいていた。
「結婚は同じ趣味の人としたほうがいい!」なんてことを言う人間は実に馬鹿げている。
自分の一部を犠牲にして、その人を優先することに苦を感じない。そう思える相手と結婚することを目指さなくてはならない。
全て仕方がないことなのだ。だからこそ、限られた資源を大事にここまで頑張ってきたつもりではあった。
しかしながら、わずかばかりの才能を感じていた小説執筆についてはその感覚自体がMAYAKASHI意外の何物でもなく、とにかく女にモテたいという欲求は新入社員の湯浅が「新規の女を都内で獲得するならダントツでコリドー通りですよ」と言ったことで、ああ、もう俺ストリートに繰り出してわざわざ傷つくなんて行為到底無理だ・・・となってしまったことで、ありとあらゆることに、いよいよ万策が尽きてしまった。
不毛だ。個人の人生だけで考えてしまうと。
そんな悩みを吐露したところ、4人組中年グループライン最年長のセイゴさんは言うのだ。
【まあ新規の女をイチから獲得するくらいなら、買春したほうが全然コスパ良いですよね】
そうだ。
そうだ、そうだ。
俺にはまだ、その手があるじゃないか。
私は迷うことなく、インスタグラムでサブアカウントを開設した。
‟裏垢女子“
‟すぐ消す“
裏モノjapanを愛読しているため、その手の女性を検索するのは容易いことである。
あとは業者かどうか。それを見極めるだけである。
ラストオブアス2が長い長いロード時間を迎える度、私は片っ端からメッセージを打ち込んだ。
〇
『是非お願いしたいです!ホテル代別で2万円でいいですか?』
しおりと名乗る女性のアイコンはまるでモデルのようなスタイルで胸の谷間が強調されていた。
おわかりの通り、こういう場合の写真は信用できない。
だがいまはとにかく若い女性を抱きたい。
ワキガだったり足が臭かったり、あるいは歯が全くなかったり洗濯板だったりしさえしなければもうなんでも良い。
私はすぐに了承し、交渉へとうつった。
22歳を公言する彼女はノリノリだった。
イチャイチャしましょう、というメッセージも非常に好感が持て、私の胸は高鳴った。
もしかしたら大当たりなんじゃなかろうか。
その場合は多少でも多めに金を支払って、定期的に関係性を維持できるようにしよう。
期待外れの場合でも、まあそれに至る前後を楽しめたということで納得でもしよう。
『オシャレしていくので楽しみにしててくださいね!』
ああ…楽しみです。どんどん増していきますよ。
もうすぐにでも待ち合わせ場所に向かいたい私は、最終確認へと至った。
「一応、会ったときに年齢確認してもいいですか?未成年だと困るので」
『意味わかりません』
まさかまさかの突然の塩。
意味がわからないはずがない。
18歳以下の女性と性交渉に及ぶ行為は条例違反だ。いや、犯罪だ。たとえ同意であっても。
ついつい17歳に手を出しちゃいました。
そんな馬鹿げた理由で全てを失うわけにはいかない。
美人>ブス>未成年、だ。
しかし突然の豹変。怪しすぎる。
結局この後私は謝罪をし、なんとかアポイントへと漕ぎ着けたわけだが、一抹の不安は残されるのととなった。
逃げ支度だけはしておこう。
身分を証明できるものや荷物は全てコインロッカーに預け、必要最低限の現金だけを持ち、私は足を踏み出した。
○
『約束の人ですか』
そう言って大塚駅北口ドン・キホーテ前に現れた女は明らかに顔立ちも仕草も幼かった。
「そうですけど・・・」
『じゃあ早速行きましょう』
ワンピースで行きますと言ってはいたが、来ている服はワンピースではなくぶかぶかのパーカーだった。
コロナ禍の為、マスク越しにしか確認できないその顔は私の不安を大いに煽るものであり、22歳を自称するにはあまりにも無理があった。
「待って。キミ年齢いくつ?」
『え?22ですけど』
「運転免許証か保険証ある?」
『ありません』
「じゃあ22歳だと証明できるものはある?」
『ありませんよ。なんなんですか』
「キミ22歳じゃないよね」
『あのさ、言いましたよね?楽しく遊べないならやめましょうって。やめるんですか』
「いやキミが年齢を証明できればすべて済む話だよそれ」
『やめるんですか?』
「やめよう」
『エッチなしの口だけで1万円でどうですか?』
「いやいやいや、やめるんじゃないの?」
『やめたいんですか?』
「いややめたくないよ」
『じゃあいきましょう』
「いやいやいや」
『いやいやいや』
「いやだからキミ年齢いくつなの?」
『22歳ですって。早くイチャイチャしましょうよ』
「いや無理でしょ。どのモチベでイチャつけんの?」
『やめるんですか』
「やめるよ」
『手だけで5000円でどうですか?』
「いやいやいや」
『どうしたいんですか?』
まったく埒が明かない。
埒が明かないオブザイヤーでしかない。どうして話が進まないのか。
何これ俺が悪いの?
「あのね。いまね、未成年とSEXするととんでもないことになるの。1発の射精で全てが終わってしまう可能性があるの。だから心配で未成年じゃないって確証がないと僕はキミとイチャイチャできないし2万円も払えないの。それはわかります?」
『わかりますよ。だから私は22歳ですって言ってるじゃないですか!』
「だからその確証がないって言ってるじゃないかよ!」
もはや我々は怒鳴りあっていた。
ドン・キホーテの前でいったい何をやっているのか私は。
いままさに私自身が大塚の民度を激しく下げている。地獄のような会話だ。
「とにかく、22歳だって証明できないなら今日はなし。フェラ1万も手コキ5000も無し」
『どうすればいいですか?お金欲しいです』
「いやだから俺は払う気はあるんだよ。全てキミ側が話を止めているだけだよ」
『22歳なんですけどねー』
「・・・干支は?」
『・・・寅』
「・・・うむ」
合っているのか俺もわからない・・・
「じゃあさ、2万円に3000円プラスするよ」
『え?ありがとうございます!』
「その代わりおしっこ飲んでくれる?」
『それは嫌です』
「なら身分証明書みせて」
『それで3000円プラスになるんですか?』
「うん。いいよ」
『わかりました』
フット・イン・ザ・ドア炸裂。
最初にハードルの高い難題をふっかけてその後ハードルを一気に下げることで要求が通りやすくなる心理学的アプローチ。
その名もフット・イン・ザ・ドアがついに難攻不落の要所を突破することとなった。
『写真とかは撮らないでください』
そういうと彼女は運転免許証でもなく、保険証でもなく、学生証を出してきた。
【〇〇高等学校1年B組 1998年△月△日】
1998年生まれ。
15歳じゃねーか。
「15歳じゃねーか!」
『え?15歳ですか?』
「15歳だよ!!いやしらばっくれるのもう無理でしょ!」
『でも黙っておけばいいじゃないですか』
「‟黙っておけばいい“ことなんかこの世に無いし、そうしたとしても100%ばれるんだよなぜか」
『そういうもんですか?』
「そうだよ。諺にもあるくらいだよ」
『天網恢恢疎にして漏らさずですか?』
「いやそれがあってるのかどうか知らんけど諺すぐ出る人なんて中高生かキモヲタだけだよ。キミはキモヲタなの?」
『いや、高校生です』
「高校生じゃねーかよ!思い切り高校生じゃねーかよ!」
『お金が必要なんです。お願いします』
「いくら必要なの?」
『1000円でもいいのでください』
そう言うので私は仕方なく1000円を彼女に渡した。
「これで美味しい物でも食べなよ」
『1000円じゃ飲み物しか飲めません』
「じゃあ1000円返して」
『ごめんなさい。ありがとうございます』
そう言って彼女は帰っていった。
こうして大塚駅北口ドン・キホーテ前痴話喧嘩は幕を閉じることとなった。
若干15歳の子が平気で肉体を売り、短時間で大金を稼ごうとする。
子供の頃からこうしてお金を稼ごうとする女の子たちはまずまともな職業につかない。
大学生になりガールズバーで働き、大金が必要となりキャバクラ嬢になる。
その生活で金を稼ぐことに慣れてしまうともう昼の仕事には帰ってこれない。
見学店でストリップをし、メンズエステで鼠径部を触り、セクキャバで胸を触られ、ピンサロで数をこなし、ソープで全てを利用する。
後は年齢を重ねる度にその職業幅は狭まっていき、どんどん肉体と精神はすり減っていく。
ポジティブに天井はあっても、ネガティブに底はない。
金を効率よく稼ぐこと以上に大切な、真っ当な苦労と経験値こそが将来の安定に繋がることに、彼女たちは気づいていない。
どこかで我々大人が、彼女たちの頬を張ってでも、昼間に日の光を浴びせてやる必要がある。
それが我々の責務であり、社会なのだ。
まあ売春しようとしてる私が言うことではないのだが。
○
BUMP OF CHICKENの藤原基央は2019年11月4日、東京ドームの真ん中で
「昨日はここでダイヤモンドという曲をやったんだけど、それは俺が20歳のときに作った曲で、それを20年後ここにいるお客さんに聴いてもらえるってことはなんだかすごいことだなって思って感極まったんだ」と言った。
私がそれを耳にしたのは20年前でなく、恐らく15年くらい前だったと思うが、その曲は力強く、いまも私の心に響いている。
何回転んだっていいさ
擦り剥いた傷をちゃんと見るんだ
真紅の血が輝いて 「君は生きてる」と教えてる
固いアスファルトの上に雫になって落ちて
今までどこをどうやって歩いてきたのかを教えてる
20年の月日を経たダイヤモンドという曲の歌詞同様、私も何回も転び、そして何回もその傷痕を確認した。
幾度となく流した血は、紛れもなく自身の生を自覚させてくれるものだった。
もちろん、歩んできた道筋も。
それがこの有様である。
結果が、売春である。
私はいずれ逮捕されてしまうのだろう。
もう犯罪くらいでしか、名を後世に残す術はないのかもしれない。
『絶対にバレませんよ。イチャイチャしましょう』
しかし私は生きている。
「いやーそうかなー」
これからも生きなければならない。
『絶対大丈夫ですから。バレたことないし。行きましょ?ね?』
だからこそ、私はいま、藤原が東京ドーム中央で叫んだように、大塚駅北口でこの言葉を叫ぶ。
「申し訳ない。それは到底……鵜呑めません!」