ヒカリへ
「何年も一緒にやってきたメンバーが、人生的にも年齢的にもバンド辞めなあかん、音楽辞めなあかんって言って。どうしようもできなくて。
それでやっと500人キャパとかでやれてたのに200人も埋められなくなって。もうダメなんだろうなーって。で、どうしようってなったときに35歳。
音楽やる以外特になんにもしてなかったから何もできなくて。
もういいやって。売れなくてもいいやって。
売れなくてもいいからとりあえず音楽続けよ。好きなことやろうって。
それでずっと続けてきて…やっと…みんなに応援されて…仲間も増えて」
教祖たる命様はは声をつまらせながらその想いを吐露した。
「続けていれば、いつか必ず報われる。続けていれば良いことがある。必ず花は咲く」
私は心から感動していた。
だがそれ以上に、好きなバンドだからこそ知る苦労が私の情けない人生にシンクロし、高まる気持ちを抑えることはできなかった。
全力で取り組んだ小説はかすることなく落選した。
自信のあるエッセイは大賞を狙えると思ったがドンケツの佳作に終わった。
あの日、M-1グランプリ1回戦で渾身のネタを相方の丸島がトばして大すべりした瞬間、私は悟ってしまった。
きっと一生、私は才能を評価されることも、何かを成し遂げることも、賞レースに勝つことも
スポットライトを浴びることも
誰かに好かれることも、無いのだと。
その感情が揺さぶられた。
とりあえず続けていこうと思った。
ひとしきりしゃべり終えると、まるでこちらの気持ちを理解しきったかのように、命様は歌いあげた。
「深い闇、絶望に潰されそうでも、其れでも花よ、咲け。」
○
5年振りに再会した栄子さんはあまりにも美しすぎた。
『いくつになったの?』
と尋ねる栄子さんに
「もう35ですよ」
と伝えると
『まだまだ若いね。私なんか40だよ』
と言う。
「でも5年前にそう思った通り、栄子さんはずっと綺麗ですよ。色褪せません」
と言うと
『いやいや。40になるとだいぶ違うよ』と優しく微笑みながら私のアプローチをさらりとかわした。
栄子さんは本当に綺麗だった。
正直今日を迎えるのには抵抗があった。
9月上旬、あまりにも私の周辺で別れが相次ぎ、寂しさに押し潰されそうになった私は感情的に5年前に何度か遊んだ栄子さんへ連絡をした。
「久々にお会いしたいです」と。
栄子さんは『昔より何もかもがパンプアップされてるけどそれでもいいならいいよー』と言った。
そして迎えた当日。
…
…朝の段階で死ぬほどだるくなってしまった。
ええ…ほんとに今日会うの…
いくら寂しいモードがひどかったとは言え、既に10月を過ぎている。
だいぶその感情は薄れており、なんなら5年振りに会う気まずさや何を話そうかなどのことを考えれば考えるほど、私を得体の知れない怠さと憂鬱が襲う。
一縷の望みをかけて「今日大丈夫ですか?全然僕問題ないんで何かあったらご自身の予定を優先してくださいね」と伝えたところ
『大丈夫。いっぱい飲もうね』
と望まぬ反応がきた。
ああ…なんて面倒臭いのだろうか。俺のせいだけども。
こうして憂鬱渦巻く中、待ち合わせの時間を迎えることとなった。
○
『まだピーマン食べれないの?』
「食べれません」
『タコは?酢の物は?揚げ物にしたほうがいい?これは食べれる?』
「栄子さん、僕はもう35歳です。中年です。その中年がやれあれが嫌いだあれが食べれないあれはまずいーって甘えている光景はもはやホラーですよ」
『じゃあピーマン頼んでいい?』
「ダメです」
『ほらー。だからきいてるのに』
栄子さんは綺麗だった。
思ってる以上に綺麗だった。
加齢している、と自虐に走りながらもどこか自信ありげに、私を子供扱いするのだった。
『私の会社の社長がね、コロナは風邪派なの。だからコロナになっても休めないし、コロナって診断されても風邪だからって薬飲んだりしちゃダメだって言うの』
「風邪でも薬は飲みますよ」
『ほんとに辞めたいなー』
「いま他になんの仕事してるんです?」
『エステとヨガ。個人でね』
エロい。
妙齢の美女がエステとヨガ。
エロい。
『エロいって思ってる?』
「…いや」
『このあとヨガの予定があったんだけどね、キャンセルされちゃったからヒマなんだ。よかったら一緒にやる?』
「ヨガですか?」
『そう。服貸してあげる』
エロい。
「服着ないパターンもありですか?」
『それはもうSEXだね』
「え?ヨガじゃないんですか?」
『全裸でヨガしてる人みたことある?』
「AVであります」
『SEXじゃねーか』
エロっ。
なんかツッコミすらエロ。
結局私はまんまと欲情してしまい、まんまと行きます!ヨガやります!を言い、まんまとせっかくヨガやらせてくれるならここは僕が全額払いますを言い、まんまと2万円を支払った。
そしてまんまと個室で二人きりになり
まんまと健全に…健全に1時間ヨガをやった。
童貞喪失。ヨガの。
栄子さんはヨガりまくっていた。
私の身体はとにかく硬かった。
波間に揺れる絶望を抜け、水平線の向こう側を目指した。
○
『やっぱり直接色んなこと話せるのっていいね。めっちゃ楽しかった』
「ヨガも楽しかったです。これからやりますよヨガ」
『ほんと?』
「ほんとです。だからもっと頻繁に会ってください」
『えー』
「ダメですか?」
『全然ダメじゃないね』
栄子さんは私を最寄駅まで送った。
「じゃあ次いつ会えます?」
『いつかなー?』
そう言われてなんとなくまた一年くらいは会えないんだろうなあと思った。
だがまあそれはそれで仕方ないだろう。
とにかく栄子さんはエロかった。それにつきる。
エロい女だからヨガをするのか。
ヨガをするからエロいのか。
どっちだっていいわ。
私の望みはただひとつ。
全裸で2人でヨガがしたい…
決まりきった毎日とありふれた雲の流れ。
君にも映っている知るはずもない未来。
変わらないことで傷つかなくても、それじゃあ夢も希望もないではないか。
さあ、行こう。ヨガの向こう側へ。
いまかつてなく、私の性欲は、高まりをみせている。