毒蛇
先週より採用された新たなお手伝いさんが、雇用主の井上さんから「お客様のためだ」という理由で、宗教法人Sに強制入会させられた。
僕の世代はちょっとした理不尽を“ブラックだ!”と騒ぐ傾向があるが、今回ばかりはいよいよ間違いなくブラックである。
「さすがに・・・せっかく来てくれてるお手伝いさんをSに入会させるって・・・どうなんでしょうか」
と麻理亜さんに言うと、なんと麻理亜さんもŞのメンバーであった。
恐るべし、宗教法人S。
彼らが地中に張り巡らせた根は実に広大で壮大だ。
もう、誰も信用できない。
×××
なんということだろうか。
自信がある僕の小説を、井上さんは「こんなものはダメだ」と斬り捨て、原本を丸めてゴミ箱に捨ててしまった。
4週間だ。
4週間もかけて書いた小説だ。
10万円以上の価値を見積りを井上さんに提出したのに1円の価値もないとゴミにされてしまった。
それでいてなぜ僕の4週間がゴミになってしまったのか聞くこともできなかった。
捨てられた4週間の入ったゴミ箱を片付けるのも僕だ。
一気にスターダムへ駆けあがる自身の姿を見込んでいたのに、これからも僕がわずか12万円で働かなくてはならない。
井上さんは作品を読みながらにっちもさっちもいかない表情になり、にっちもさっちもいかないことを言い出し、あれよあれよと言うまに僕の4週間は丸められてしまった。
僕は僕でにっちもさっちもいかない顔をして弱りきってるところに井上さんは腹を立て、そこから更にダメ押しのお説教を叩きつけてきた。
ひどいじゃないか。
経験も浅い若者をつかまえてやりたい放題だ。
これは凌辱行為だ。公開処刑だ。悪魔にしか見えない。
だが井上さんが悪魔に見えたということは、とどのつまり僕も悪魔だ。
×××
この世界中のどこかの話である。
最も足が遅いガゼルは、朝目覚めた時、走り出す。
なぜならライオンに捕まって、食べられて死んでしまうからだ。
この世界中のどこかの話である。
最も足が速いライオンは、朝目覚めた時、走り出す。
なぜならガゼルを捕まえなければ、飢えて死んでしまうからだ。
ここで大切なのは、あなたと私、どちらがライオンでどちらがガゼルか、ということではない。
最も大切なのは、あなたと私、どちらも走り続けねばならないということだ。
×××
美樹ちゃんとのうどんデートを予定していた日、まんまと会社に仕事をいれられてしまった。
私は美樹ちゃんとのうどんデートを何よりも楽しみにし、毎日ネットでうどんのおいしそうな食べ方の予習をしたり、美樹ちゃんとのデートの計画をたてたりしていたのだが延期になってしまった。
私は美樹ちゃんにその旨を謝罪すると、彼女は『仕事なら仕方ないよ。ってか本当松岡くん休みないね。身体とか気をつけなよ]』と返信をくれた。
やはりOLはいい。
仕事を理解しているし、仕事のツラさをわかってくれる。
昨日蛇井と電話したが蛇井は絶賛ニート中であり、終始眠そうで金がない、金がないと呟いた。
ニートは気楽でいい。
蛇井は私を『松岡くんめんどくさいね』
と何度もバカにしてくるので私も「華江、面倒くせえよお前」とオラオラした。
すると蛇井は『なんかこういう会話、彼氏彼女みたいだね』と言うので私は「そうだね」と答えた。
そしてすぐに「いやあ楽しかったね、鈴木の結婚式。キミ写真持ってる?え? よ ば れ て な い ! ? なんで?ねえなんで?なんでキミは呼ばれなかったの??」と絡むと
『その絡み本当に面倒くさい』
と本当に面倒くさがった。
蛇井はいいやつだ。
蛇であるのがたまにきずだが蛇井はいいやつだ。
蛇井との時間は楽しい。
だが何かが足りない。
それはおそらく“運命”なのだろう。
蛇が蛇でなく、“運命”だったら、この電話はきっと至福の幸せをもたらす時間となったのだろう。
×××
Wiiを買った。
早速428・封鎖された渋谷をプレイしたがわずか一時間で七度もバッドエンドになってしまった。
だがゲームは楽しい。
目が覚めるとゲームの世界の中にいて、冒険の朝の日差しが僕を照らす日がいつかくるんじゃないかと思っている。
敵を倒した後はヒロインと2人、田舎で農業にいそしむのも悪くない。
だがまあ彼らは彼らで大変そうだ。
麻理亜さん、誕生日おめでとうございます。
麻理亜さんの幸せを心から願ってます。
つきましては、僕からささやかながら誕生日プレゼントをあげたいと思います。
“良い女”になるための第一条件を教えてあげますね。
勤勉さ?
セクシーさ?
いいえ違います。
インスピレーションです。