億万笑者
19時半から女の子と立川の居酒屋で食事をした。
以前共に塾で学んだ岩田亜也との再会してから間もないが、その岩田とこうして2人っきりで食事ができるなんて思いもしなかった。
立川には大人の歓楽街があり、ラブホテルもたくさんある。
私は岩田亜也に対し
「岩田さん、男はね、お持ち帰りをするために女の子を酔わせようとするんだ」
『へえーそうなの?』
「だからたくさんお酒を飲ませるように、わざと喉がかわくような塩辛いものばかり食べさせるんだ」
『あー、なるほどねー』
「岩田さん、塩辛いものだけたくさん注文していいよ」
と言った。
岩田は冷静に
『私は喉がかわいたらソフトドリンクを飲むから』
と言った。
彼女は本当にソフトドリンクしか飲まなかった。
岩田は私の指のささくれをみて
『うわー痛そう!親不幸でしょ?』
と言った。
私はささくれを触る岩田の手を握り
「あの日キミからもらった言葉を僕は忘れはしないよ。電話を切るのはいつもキミが先だったね。“おやすみ”の続きを、僕はずっと待ってたよ」
と伝えた。
岩田は私が手をつかんだ瞬間『ちょっ・・・』と言い、すぐに『酔ってんの?とりあえず落ち着いて水飲みなさいw』と言った。
私達が21時過ぎに駅ビル内のスターバックスに移動したあたりで先輩の今井から電話がきた。
『いまからガールズバー行くぞ』と言うので私は「小学校の同窓会に参加していて抜けられない」と嘘をついた。
『お前なんかいてもいなくても一緒だろ。今から行くぞ』
と言われる。
なんてひどいことをサラリと言うのだろうか。
『じゃあ今日行くか月曜日行くか選んでいいよ』と言うので私は「じゃあ月曜日行きます」と答えた。
しかしながらよく考えると週の頭から酒を飲むのはダルいし、来週の仕事のツラさは容易に想像できたので
「やっぱり今日行きます」と伝えた。
席に戻り私はホワイトチョコレート抹茶ラテを飲む岩田に「すまないが仕事が入った」と嘘をついた。
『え!?いまから仕事?超大変だね!?』
というのでとりあえず
「ああ。でかいヤマになりそうだ」と答えておいた。
電車のなかでも私は、本当にこれからガールズバーに行くのか?本当に行くのか俺!と自問を繰り返した。
こんな気持ちでまさかガールズバーにいくことになるとは。
まったく楽しみでないしまったく気乗りしないし、ゆきちゃんとの交換日記も全然書いてない。
まさかこんなにもガールズバーに行くのが憂鬱な日がくるとは思いもしなかった。
でガールズバーに着いたわけだがめちゃくちゃ楽しかった。
すげえ楽しいね!ストレス発散です。
岩田から『今日はありがとう』的なメールがきていたときにはもう僕は楽しみまくっているさいちゅうなわけで。
お酒を飲みまくってるわけで。
私はゆきちゃんに対し本当にデートをしたい旨を伝えたが、ゆきちゃんはいつもの調子で『いいよー』と軽くあしらうだけにとどまる。
隣にいたまゆちゃんに私は「まゆちゃん、僕のゆきちゃんに対する想いと要求は、ここまで何ひとつ具現化されないんだが・・・」
というと、まゆちゃんは本日21回目の『キモイ』を発した。
まゆちゃんは続けて『ならちゃんと告白する練習をすればいいじゃないですか、本人に向かって』と言う。
それをうけた私はゆきちゃんにむかい
「ゆきちゃん、好きだ。本当に」
と言った。
するとゆきちゃんは、左様でござるか・・・とでも言わんばかりの顔で苦笑いをした。
隣にいたまゆちゃんはそれをみて本日22回目の『キモイ』を発した。
これは本当にちゃんと私の気持ちをぶつけないとまともに取り合ってすらもらえないな、と思い、本当に等身大の愛を伝えた。
「あなたが自分の世界が大切だと言うのなら、僕はその世界ごとあなたを支えてみせる」
と。
ゆきちゃんは『私、自分の世界が大切なんて言ったっけ・・・』とひいた。
その光景を見たまゆちゃんの本日23回目の“キモイ”はもはや“キモイ”ではなく『キメぇー』だった。パネぇー 。
帰り道、今井は私に
「お前は俺と違って一途さが足りない。女にもそうだし、仕事にもそうだ。何かひとつだけを大切にしてみろや」と言った。
キメェー。
私は「全てを守りたいと思うことは、そんなにいけないことなのか・・・」と答えると今井は
「そういうとこでふざけるからお前はダメなんだ」と言った。
ウゼー。
けれども今井の言うことはもっともである。
往々にして私に足りないのは何かに全てを注ぐ勇気であろう。
人は何かの犠牲なしに、何かを得ることはできない。
それを踏まえて私は、RADWIMPSの“億万笑者”という曲の歌詞が好きだ。
手にしたい物がない者に眠れぬ夜はないんだ。
守りたい物がない者にこの怖れなどないんだ。
握りしめることもなければ奪われることもないんだ。
失くしたって気付かぬ者からは何も奪えやしないんだ。
「絶望なんかまだしてんの?何をそんな期待してんの?」
ご忠告どうもありがとう。
でも譲る気はないんだ。
終