携帯電話

福元さんが

「そうだ。女の子ゲットできた?できてないなら気に入った子に声かけてきてあげる」

と言ったのはもうクラブの営業時間が終盤に差し掛かってのことである。


「あのこが可愛いのですが・・・」

私は入店時から目をつけていたKARAのスンヨン似の美女を指差した。

「しかし友達と常に一緒でどうにもできません」


「まあ待ってろ」


そういうと福元さんはズンズンと人込みを抜け、スンヨン似の美女の肩をたたくと、アッという間に私の前に連れてきたのだった。


私は少し戸惑いながら「あの、初めまして」と声をかけた。

スンヨンは笑いながら『初めまして』

と答えた。


「あの、こんなことをいきなり言うのは大変気持ち悪いのですが、貴女が入口の扉を開けた時からずっと、可愛いなと思い貴女を見てました」

『えーw本当ですか?w』

「いいえその・・・いや、はい。可愛いかったので。あ、いや違うんです。僕は普段はこんなこと言わないですし、こんなに気持ち悪くはないんです」

『あははwあの、別に対抗するわけじゃないですけど、私もその笑った時の顔とかすごくタイプです』

「え・・・僕のこと好きなんですか?」

『はいw好きですw』

「これは困った。僕もキミが好きだ・・・」

『両想いですね』


なんということだろうか。

あんなにも青春時代は遠かった両想いがこうも簡単に。

彼女は美樹と名乗り、25歳のOLだそうだ。

美樹ちゃんは普段クラブとかの類いには行ったりしないが、今日は友達に誘われて参加したものの、クラブミュージックの類いはあまり好きじゃなく、正直音楽がうるさくて参っていると言った。

私と同じ境遇である。

趣味は美味しいものを食べること。特にうどんが好きということだ。


「じゃあ僕、とっても美味しいうどんがメニューにある、隠れ家的な名店知ってるんで一緒に行きませんか?」

『え!?行きます!なんていうお店ですか??』


「なか卯」


彼女は爆笑してくれた。

『私、市川に住んでるんでこういう渋谷みたいな都会はいつもくるたび人が多いなって思います』

「僕、小岩です」

『本当ですか!?じゃあ絶対遊びに行きましょうよ!』

「じゃあ本八幡のコルトンプラザで映画を観て、プランタンで食事をしましょう」

『はい!じゃあ連絡先交換しません??』

まさかの相手からの連絡先交換希望。

しかも彼女は『ちょっと待っててください』と小走りで自分がもといた席に戻り、鞄の中から携帯電話を取り出して戻ってきたのだ。


「あの、僕は結婚を前提とした連絡先交換しかしないのですがそれでもいいですか?」

『あははwいいですよw結婚を前提に交換しましょ』

「うわー!やった!こんなバカげた場所で婚約者ができた」

『もう。そこまで喜んでくれるからには絶対デートしてくださいね』

これはもはやなんだろうか。
こんな、こんな場所で・・・

そろそろなんか起これ!小説ならここらへんで主人公に天命ともいうべきお約束のご都合主義的出会いが訪れるのだから天命そろそろこないかなあ

と考え始めた矢先である。


キミが偶然、目の前に現れた。

ああ。神様のご都合主義!万歳!

×××

しばらくまた隅のほうで飲んでいると美樹ちゃんと友達がなんだかわけがわからない格好のヒゲ野郎に連絡先交換を迫られていた。


私は事が事ならば神経チャクラを司る八門のうちの五門くらいまで解放し、渋谷に鮮やかな蓮華の花を咲かせようとしたが、杞憂に終わった。

彼女は連絡先を交換しようとする頭の悪そうな友達の腕を引っ張り、出口へと強制連行したのだ。


途中、私の姿を見た美樹ちゃんは『友達が酔っ払いすぎたんで先帰りますw』と言った。

そして出口へと頭の悪そうな友達を導いた後、何かを思い出したように踵を返し、こちらへと戻ってきた。

そして

『デート、本当に誘ってくださいね。待ってます』

と言って去っていったのだ。


テンションがあがった私はひとりスポットライトの下に立ち、「獲物を呼びよせるように、サーチライトが俺をっ!照らすっ!」と叫んだ。

それをみた福元さんは微笑みながら「何してんの?」と言った。


×××

少し眠りについて目を覚ますと、昨夜の余韻が結構残っていたので、楽しかったんだな、と実感する。

私はシャワーを浴び、淹れたてのアールグレイが冷めるのを待ちながら、村上春樹の“1Q84book2”を読み、携帯電話を握った。

そして美樹ちゃんにメールをうった。


今回はからかったりするのでなく、真面目にいきたいので、丁寧に、真剣に。

【いま、ポポラマーマのスパゲッティを食べながらこのメールを綴っています。


昨日はありがとうございました。

終盤あたりで衝撃的な出会いを果たし、結婚を前提とした連絡先交換を行わせていただきました松岡です。覚えていらっしゃいますでしょうか。

美樹さん、僕は最初「なんて全体的にろくでもない人間の集まりなんだ!規格外にもほどがある!」と驚愕し

中盤は自身が酒に酔ってしまい、わけもわからず話もしたことのない女に酒を奢り、つられて『私も!私も!』と食いついてきたダボハゼのような女にも「いいよいいよ。今日は祭りだ!奢ってあげる!」と酒を奢り、実に不毛な時間を過ごしました。


しかしながら終盤であなたと出逢い、お話をさせていただいたときは幸せでした。
あの状況は、たまたま僕の知り合いがいて、たまたま知り合いが酔っていて、たまたま知り合いが姉御肌を発揮してくれて、たまたま美樹さんが僕のもとにやってきてくれたという、いくつものたまたまが重なったことで起きたことだったので、僕はガールズネクストドアの“偶然の確率”を口ずさみました。


もしよかったら、今度遊びましょう!迷惑でしたらやめましょう!
お話できて楽しかったです!】


そして現在。

まったく返信がこない。


あれは・・・幻だったのだろうか。


携帯がブルブルするたびに僕はドキッとする。

それが彼女からの返信でないとガッカリする。


まいった。

携帯電話を見るたびい思う。

こんなものがなければ

今日も僕は独りだと

思い知らされることもなく生きていけたんだろう。

だけどこれがあるから

今日も美樹さん、あなたの

ポッケの中に僕の居場所が

あるんだろう。



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