単位落として留年してまえ

私の人生は退屈だ。

非常に平凡で、ごく稀に起こる奇妙な出来事をまるでそれが常日頃私自身に起き続けているかのように振る舞う。

だが結局は退屈の積み重ねにしかすぎない。


ある種、人間皆そうだと言えるのかもしれない。


だからこそ、他人の人生が羨ましいのだ。

“鍵泥棒のメソッド”という映画がある。

その作品はそんな誰しもが抱く“他人の人生への転生”が存分に楽しめる作品であった。


もしも人生を入れ換える機会があるのならば、私はどんなものを望むのだろうか。


プロ野球選手を目指してがむしゃらに野球に打ち込むのもいい。

大物バンドのギタリストになって全国をまわるのもいい。

プロレスラーになって日本武道館の二階席からムーンサルトで翔ぶのもいい。

福井みたいに幸せな家庭を築くのもいい。

久我さんのように巧みな話術を武器に女子高生を片っ端から口説くのもいい。

あるいは未だ見ぬ運命の相手。

あなたと2人で歩むことのできる人生を、一から模索するのもいい。

パイロットになって、あなたが生きる最後の日に、空からこの世が何色に染まるか当てるのだっていい。

だが仮にそれらの人生のどれか一つを歩むことができたとしても、結果的にたどり着く先は“他人の人生”なんかではなく“私”になるのだろう。


どの希望する人生も、結局は一つの願望を基に構成されているからだ。


モテたい。


めっちゃモテたい。


×××

先日ディケンズと久しぶりにガールズバーに行った。

私はいつものようにキューバリバーを、ディケンズはマティーニをなめた。

しばらく会話していると、すごくキレイな女性店員がついたわけだが、開口一番『シュシュシュシュバーン!ちょっとちょっと私もいれてくりー!!』的な入りかたをしてきた。

知り合いに似ていたので「ねえキミ、千鶴じゃないよね?井上千鶴」

と訊くと

『ねえやだまじちょっとちょっと!どこの女と勘違いしてるわけー!』

と言った。

他にもやたらと乳首をビーチクと呼んだり、意味のわからないパラパラみたいなことをしてきたり、

「これはね、偶然の確率なんだよ」

『ウェーイ!』

「それはゼロじゃないってことなんだ」

『ウェーイ!』

「今ならば言えるよ」

『ウェーイ!」

と、アホみてえな合いの手をいれてくる。


んもー・・・私は疲れてるんだよ・・


いつも私達は初対面の女性には必ず

“彼、キミに届けの風早くんに似てない?”

のくだりや

“彼は何年彼女いないと思う?実は童貞なんだ”

みたいなくだりを必ずやるのだが、さすがに今回は無言で、これは気持ち悪い結果になる、と意志疎通ができたのか、私もディケンズも“風早くん”の“か”の字も出さなかった。


しかしながら何もやらないのもつまらないので

“キミの年齢をあててあげるよ”

のくだりだけはやった。

これは私とディケンズで酒の場で女の子に“キミの年齢あててあげるからもし正解だったらメールアドレス教えて”と伝え、さも別々に年齢を考えてる風を装い、「松岡くん年齢わかった?」
「わかったよ!ディケンズさんは?」
「僕もわかったよ。じゃあせーの・・・で同時に言おう」
「せーの・・・」

【18歳】


と落としどころをつける、まあアルコールギャグで、大抵の女の子は

『いや18じゃ酒飲めないでしょ!』

『当てる気ないでしょ!』

といったリアクションをする。


だが、ウェイウェイ女は

【18歳】

と言うやいなや


『ウェーイ!ちょっと待ってえ!これ18歳に見えるぅ?マジやめてくんなあい!?15歳だしいいい!!』


と叫んだ。

こわいよぅ(´;ω;`)

顔は美人なのにもったいないこともあるものだ。

結局私もディケンズもこの日は酒をたしなむ程度で家に帰った。

まあ美人で場を盛り上げようとしてくれるだけいいのかもしれない。


かつて泉ピン子に似ているまゆちゃんはブスなうえ非常に感じが悪く、最終的には私達に対し会話どころかコミュニケーションをとる素振りすらみせず、ひたすら店内に流れる浜崎あゆみのPVを観ていた。

お金を払っているだけでなく、お酒までおごったのにだ。

そんなまゆちゃんが他の女の子と一緒に『私もサンタのコスプレしたーいみんなでしよーよ』とキャピキャピしていた時、ディケンズは声高に


「キミは割烹着でも着ていろ!!」


と叫び、私の溜飲を下げたものだ。


今回はディケンズがそのような蛮行へと走らなかったぶん、私たちは楽しめたのかもしれない。

×××

正直現状、一番嫌な仕事は何か?と問われれば、私は迷わず“退職勧告”だと言えるだろう。

私の場合それを行うのは主に現場のオバチャンが70を越えたことによる定年退職パターンである。


しかしこの制度、始まったのは今年の1か月前からであり、突然にアラウンド70切りが始まったことは現場のオバチャンたちからすれば寝耳に水だ。


もちろん“体調面を考慮して”という名分はあるものの、まだまだ働くつもり満々の本人たちからすれば身勝手極まりないスーツ組の横暴と認識しているだろう。


前回退職勧告をした際は泣かれた。

神妙に受けとめてもらえる場合もあれば激怒される場合もある。


それに自分の孫よりも若いかもしれないぺーぺーに“辞めてください”と言われるのだから、心中穏やかではないはずだ。

メイド喫茶のあおいちゃんは、一年前私たちと初めて出会った時はまだコミュニケーションをとるのもやっとの新人だった。


それが一年後の現在では、フロアマネージャーとして陣頭指揮をとっている。


私は一年経っても相変わらずの昼行灯だというのに。

あおいちゃんは

『ディケンズさんとはよく会うんですけど、松岡さんと会うのは久しぶりなんで嬉しいです』

と言ってくれた。

『ディケンズさんとは2人で焼肉食べに行きましたよ!』

とも言っていた。

焼肉屋に2人で行く男女は付き合っているか付き合う直前のどちらかである、とアフロ田中で読んだ。

あおいちゃんもすっかり夜に染まってしまった。



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