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一目惚れの話

たまたま人からもらって一度だけ食べたお菓子の味が忘れられないのに、どこのなんというお菓子なのかさっぱりわからない。しかも、その人とは音信普通になってしまって、もはやそのお菓子を探す手がかりが何もない。
そんな経験、ないだろうか。

別にお菓子でなくても構わない。誰かに連れていってもらった裏通りの洒落たバーでもいい。運転中にFMで流れていた曲でもいい。自分の心のど真中に一瞬で突き刺さったのに、それっきり再会できないままの、いわば一目惚れの恋の相手とでもいおうか。

実はぼくにも、そういうのがひとつある。
以前に通りがかった画廊のショーウィンドウに飾られていた一枚の絵。海辺で母親と息子と大きな白い犬がたたずんでいる絵。画面に描かれているのはそれだけだ。夕暮れのオレンジ色の光と、海の紫がかった青が溶けあった、ノスタルジックな色合い。母親と子供は白っぽい服を着ていて、その服にも夕日のオレンジが滲んでいる。
精密に描かれているというよりは、ちょっとピントの甘い、素人の撮ったスナップ写真のような質感。それが全体になんとも言えない甘く切ない印象を醸しだしている。
一目で虜になったのだが、たまたま急いでいたので作者の名前さえ確かめずに通り過ぎてしまった。結局、その絵のことはしばらく記憶から消えていて、思い出したときにはその画廊の場所さえ定かではなくなっていた。

絵画に詳しい知人には片っ端から訊いてみたし、ネットでの検索は考えられる限りやってみた。でも、いまだにわからない。ふと、あの絵のことを思い出すと、とても苦しく、切ない。ああ、もう一度会いたい。

そんな話を、この間知り合いにしたところ、彼にもそんな、一目惚れした名前もわからない恋の相手がいるという。
相手は建築物だった。巨大な五円玉のような、非常に特徴的な建築物だという。10数年前に、以前の勤め先で見た建築雑誌に写真が掲載されていたらしいが、誰に訊いても何の手がかりも得られないまま、いまだに胸の支えが取れないのだという。
その苦しみが痛いほどわかるぼくは、ある休日を費やして徹底的にネットで調べてみた。で、たぶんこれだろう、というものに行き当たった。翌日、その写真が掲載されているサイトのURLを彼に教えてあげた。モニタにその建物の画像が表示された瞬間、彼は大きく息を吸い込んだ。

「これだ・・・」

そう呟いた時の彼の表情が、今も忘れられない。本当に、一目惚れした恋の相手に再会できたときのような顔だった。うらやましかった。

ぼくが一目惚れの相手と再会できるのは、いったいいつになるのだろうか。

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