
海とダリア
『海とダリア』と言う楽曲のお話。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夏になるといつも君を思い出す。
嫌という程考えてしまう。
これは不可抗力であり、夏という季節のせいにしよう。
微風の吹く海岸沿いで咲く一輪のダリア、ふわりと飛んでゆく花びらに身を任せて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
少しずつ暖かくなってゆく季節に目を向けると、途端にジメジメとした空気が押し寄せる。
今まではただ不愉快なだけであった梅雨の季節も、夏と君の訪れを感じる。
後悔を重ねる日々は、無常にも明日を迎え、着々と君が戻ってくる準備を始める。
僕は最後まで気がつくことができなかった。
一番近くにいたはずなのに。
君は嘘をつくのが上手だった。
幸せな記憶のまま君は遠い街まで消えてしまった。
途方に暮れる毎日、君を探し各駅停車で僕の知らない街をひたすらに探す。
「きっと僕のせいだ」
雨上がりの水たまりに弾ける一粒の涙。
高く見上げる空には僕と君が見える気がした。
ダリアの花言葉は「優雅」
君はまさしくこの花の如く美しく優雅であった。青い海と白い砂浜のよく似合う人だった。
しかし、君と最後に会ったあの日君がくれたダリア、花言葉は「優雅」ではなく「裏切り」であった。
君は旅立ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日差しがより一層強くなる八月に、君はまた海から舞い戻る。
あんなに大好きだった夏の海を目の前に
「だから夏は嫌いだ。」
そう一人で呟いた。
季節なんて簡単に嫌いになれるのに、君ときたらもう見えもしないのにどうして離れてくれないのだろう。
砂浜を走れば君が笑い、並んで走ってくれる。
君はどんな思いで僕にダリアの花を渡したのだろう。
夏を嫌いになれば君のことも嫌いになる気がした。
君のことを嫌いになればこの夏もきっと繰り返さずに終わりを迎えてくれるのだろうか。
でも唯一君とまた会える季節が夏。
・・・・・・・・・・・・・・・・
灼熱の暑さの中、君の前で手を合わせる。
何度も何度も声をかけた。
君の体を綺麗に洗い上げるように、君の小さな背中を優しく流すように、君に触れていたように優しく丁寧に扱う。
もしここに君がいたとして、僕が語りかける言葉は君に届いているのだろうか。
戻ってきて欲しいと願えば君は僕の前に現れてくれるのだろうか。
君がいなくなってから、君のことを考えない日はなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕暮れ、君と会った帰りに立ち寄った喫茶店。
時間帯もあっただろうか、客の数はそれほど多く無かった。
店主は気のいい人で、初めて会った感じがしなかった。
こんな覇気のない僕に対しても、嬉しそうにおすすめのコーヒーについて話してくれた。
僕の案内されたテーブルには小さな花瓶に枯れた一輪のダリアが置かれていた。
僕がここの店に吸い込まれるように入ってしまった訳は、きっとこの花のせいだと、笑みが溢れた。
隣に座る恋人たちは、オムライスの卵は柔らかい方が好きだとか、プリンのカラメルは苦い方が好きだとか、たわいもない会話を繰り広げていた。
この店のプリンのカラメルは甘めに仕上げてあるからなのか、店主は少し悔しそうな表情を浮かべている。
なんだかそんな会話を聞いて懐かしく思うと同時に、彼らの過ごすこの平穏な日々を代わりに僕からも願った。
黄昏時の枯れた一輪のダリアは僕が君のことを探し、会いたいと思うように、君もきっと僕に会いたいと、そう伝えたいように感じた。
なんだか少し心が軽くなって、もう少し自分に素直に生きてみようと思えた。
八月十六日の午後四時。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は弱い。
漠然とした不安の中、またいつものように海へ向かう。
君に会いに。
今の季節が夏だと言うことがとても悔しかった。
僕はつぶやく。
「もういっそ今冬になればいいのに。」
するとその瞬間海風が強まり、水面が揺れる。
僕の声は聞こえている。君は今きっと無邪気に笑っている。そう思った。
君はきっと「なんでそんなこと言うの!」とかいって笑ってくれているのだろう。
君の残した傷は僕がちゃんと背負っていこう。君の分も自分の分も、二人の分として。
決して忘れることのない夏。
「君のことが好きだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
kilaku。/海とダリア