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ある放課後の戦い

昨日、塾で担当の生徒が全員帰ったあとに教室に残って事務作業をしていたんですよ。
机の上に生徒のファイルを広げて、段ボールの箱に入れた書類をごそごそと引っ張り出したら、黒い塊がスサササササ!!!
「ヒャッ!」
て思わず声が出て、3mくらい飛び退った。

ヤツの名はG。
17年前にマンションに越して以来ほぼ見たことがなく、久しぶりすぎて一瞬パニックになる私。
しかし、向かいの教室にはまだ生徒もいるし、小娘みたいに「せんせー!!GKBRが!GKBRがでたよー!!」って騒ぐわけにはいかない。
そもそも私も先生だ。

とりあえず、見失うことだけは避けたいので、目の端にGをとらえたまま辺りを見回し、不要な紙束を丸めて握ることには成功した。
GはGで、暗い湿った快適な段ボールの隅から急に明るいところに出てしまって居心地が悪いらしく、ススス、スス、スサササササ、と少しずつ机の上を移動している。

十何年使うことのなかったGを仕留めるための心得を頭の奥底から引っ張り出してくる。Gは実は尻のあたりに空気の動き?を感知する器官があるので、尻の方から叩こうとすると、察知されて逃げられてしまう。だから、真上からバチコンと一発で仕留めねばならない…はず。

いま、私とGは、向かい合って対峙している。
真上からの攻撃を狙うためには、この紙束を真上に持ち上げなくてはならない。丸めてあるとかえって打点が小さくなってしまうから、広げておいたほうがいいだろうか…

いろいろ考え、Gに感づかれないようゆっくり紙束を持ち上げて構えた結果、書類の散らかった机の一点を見据えたまま、美しいほどに腕と体をピンと伸ばして頭上に紙束を掲げるオバサンのオブジェが完成した。
あとは、Gが潰れても生徒のファイルに影響がない位置にGが移動するのを待つだけ。

しかしGのほうも、何かの気配を感じたのだろう。そこで紙束を振り下ろしたら生徒のテキストにべったりGのエキスがついてしまうという場所に居座って動かなくなってしまった。

どうしよう…
動いてもらわねば振り下ろせない…

私は、紙束を恭しく頭上に掲げたまま、Gに向かって、フーッと息を吹いてみた。
ピクリ、とはしたものの、動かない。
もう少し強く、尻の方から吹きかければ動くかもしれない。

美しい直線のポーズを保ったまま、じりじりとGの背後に回る私。ゆっくり、刺激しないようにゆっくりと移動し、この位置からヤツが前に進めば生徒のファイルから外れるであろうというベストポジションに到着した。
息を吹きかけるために思い切り深呼吸をするオバサンの彫像。四十肩が痛む。早く処理しなくては…!
そして…

シューーーーーーッ!!

私の背後から凄まじい勢いで噴射されるフマキラー。

向かいの教室にいた先生がこの事態に気づいて、フマキラーを持ってきてくれたのだ。

「あとはやりますよー」
私の方を振り返らず、淡々とスプレーを噴射する先生。
「あ、ふ、えと、お願いします……」
美しく伸ばした腕をゆっくりおろし、そーっと紙束を横においてGが処理されるのを静かに待つ私。

先生は私の方を一切見ず、迅速にGを処理して、向かいの教室に戻っていった。

……見られてた、よね………


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