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雪の花~ともに在りて~

{シネマガイド}
福井藩のある寒村に高熱にうなされ、顔に吹き出ものの症状の病人が多数出た。まち医者が、山を越えてやっとたどり着いた。暗い寝室には3人の男女が布団をかぶって寝転がっていた。


福井藩のまち医者の笠原良策は、村長を呼んで病人をすぐ隔離するよう指示した。患者は、殆ど死亡した。
死に至る病と言われていた疱瘡の患者を前になんの手立てもできない自分に苛立ちをどうすることも出来なかつた。
漢方では行き詰まりを感じていた良策は友人の説得で蘭方に感染を防ぐ医術があることを見いだす。
蘭方を学ぶには長崎へ行くことになる。そのための金が必要である。妻の千穂は武士の出、家財道具などを質入れして金策に奔走する。内助の効を発揮し気丈な良き理解者として夫を支えた。
友人の紹介で京都の蘭方医日野鼎哉に教えを請う。日野は、オランダから牛の傷の膿からの種を子供の腕に植え付けてそれがかさぶたになるかを試すことから始めねばならないと教えた。良策は、子供をもつ親を説得して疱瘡の恐ろしさと予防接種することで感染を避けられることを諭すが簡単には承諾は得れなかった。やがて良策の熱意に絆された母親たちは子どもを連れてやってきた。

吹雪の中を必死のおもいで山中を越えて接種にたどり着くこともあった。
良策は、藩の協力を得るため藩邸に赴き予防接種の必要さを説明するがなかなか理解が得られなかった。


ある日、接種に協力をしてくれる子ども探していた良策を暴漢に襲われる。しかし、彼は敢然と戦い相手達をやっつける。蘭方に反対する医者仲間の妨害行為であった。彼の信念と熱意は様々な妨害を受けながら流行病と戦い続けた。
良策は、疱瘡で苦しんでる人をなんとか救いためにあらゆる手を尽くして患者と共に闘う信念を貫こうとした。
ついに、藩も良策の信念と熱意に感銘して種痘の苗を取り寄せ、接種することを許可した。

天然痘は、日本では、明治年間に2~7万人(死者5千人~2万人)昭和21年には1万8千人(死者3千人)患者数の感染者の流行が見られた。緊急接種により沈静化し昭和31年(1956年)以降は国内発生は見られていない。
昭和55年(1980年)WHOは天然痘の世界根絶宣言を行なった。

「雪の花~ともに在りて~」
監督:小泉堯史(たかし)
笠原良作:松阪桃李 
 妻千穂:芳根京子
蘭方医 日野鼎哉:役所広司

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