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日記「ソニックザヘッジホッグ、小川哲」

今日は曇っている。

いくつか僕には不得意なことがあって、まず第一に泳げないことと、それから書類を書くことがとにかく苦手だ。
住民票をもらうとかその程度はなんとかこなせるがもうちょっと複雑だと、とにかく思考停止してしまう。しかし、絵を描いて生きていく上でそうした煩雑な書類仕事を淡々とこなせる能力はどうやら必須らしい。
たとえば還付金を貰うための書類なども「面倒くさいし数万円なら諦めるか」と思ってしまう。そんなことでは立ち行かなくなってしまうのも頭ではわかっているのだけれど。

僕は音楽をかけながら絵を描いている。描いている絵のイメージからはやや離れていると思われるかもしれないが、パンクやメタルを主に制作中は聴いている。RAGE AGAINST THE MACHINEは学生のあいだ本当によく聴いていた。

ふと、僕が一番好きな曲はなんだろうと考える。
そのときどきのマイブームは色々ある。ミシェル・ンデゲオチェロを一番聴いていた年もあるし、カネコアヤノの年、キイチビール&ザ・ホーリーティッツの年もあった。なぜかフィガロの結婚を聴きまくってた時期もあったし、くるみ割り人形の花のワルツにハマっていたこともあった。

しかし、それら強力な競合を差し置いて20年くらいずっとコンスタントに聴き続けている曲がひとつあって、それがソニックアドベンチャー2に登場する「Escape From the City」という曲だ。

これが尋常ではないカッコ良さで、この手のジャンルの曲では一番クールだと思っている。メロディック・ハードコア?ハードポップ?というジャンルというんでしょうか。
軍隊のようなものから逃げ出し、スケボーで街を爆走しながら追っ手を撒くソニックのバックに流れる「Trust me and we will escape from the city」という歌詞のキザなカッコ良さにはもう脱帽するしかない。
別に僕が生まれ育った街は脱出したいほどダメな街ではないし、今でも住んでるくらいでそれなりに故郷は好きだが、ここではないどこかに逃げるから俺を信じて着いてこいと歌い上げるこの曲には常に勇気付けられるのであった。
ソニックはステージをクリアすると「トゥーイージー!楽勝だぜ!」と言う。かっこいい。その精神で行きたいものだ。

絵の具が乾くのを待つ間、昨日買った小川哲『スメラミシング』を読了。最後に収録されている「ちょっとした奇跡」がとても良かった。絶望的な未来のなかに訪れるボーイミーツガールの爽やかさが泥中の蓮、は使い方が間違っているか、暗闇の中の光というか、まぁそんな感じで心に残る。
この物語にはごく大雑把に3つの停止が登場する。

1.地球の自転の停止
2.自転が停止したために動き続けなければならなくなった列車の停止
3.物語の最後に訪れるささやかな停止

社会的なインパクトは1→2→3の順に大きいが、主人公にとっての重要性は3→2→1の順に並ぶ。ネタバレになるので3の内容は詳しく書かないけど、これがなかなか感動的。
地球が止まることよりも、自分にとって重要な一瞬間というものは間違いなく存在する。そんな瞬間とは、ある厚みを持った時空が結晶化し、これまでの、そしてこれからの人生における全時間が凝集するようなときである。それは生の根本、持続から切り離され、虚構的な美しさに漂うような、そんな一瞬でもある。

昼に行った焼肉屋の席に造花が置いてあった。
枯れない花束はこの席の客たちを数年来見つめてきたのだろうけど、一瞬の結晶はこの造花のようなものかもしれない。

日記といいながら今日の話ではないけれど、いつか立ち読みした本、たしか20世紀初頭ころのイギリスの保守思想の大家のような人物が書いた本の中に保守主義とは死者に投票権を与えること、みたいなことが書いてあった。
ものは言いようだなと思いつつ、伝統を墨守することの意義をそのように表現するのはなかなか洒落ている。
諸々の複雑な儀式や手続きのおかげで死者が現世に対して実際に影響を持ち得た時代にはその言い回しも有効だったのだろうけど、今日死者は生者に隷属してしまっている。そんななか保守主義が俗悪な既得権益と峻別されることはたぶんなかなか難しい。例えばベンヤミンの有名な天使は進歩という強風にさらされていて、自ら停止することができない。天使は眼前の瓦礫からなにか組み立てようとするも、風ははるか後方、つまり未来へと天使を吹き飛ばしてしまう。
死者に対しての複雑な儀式や手続きは風を弱める効果があったのだろう。それらの力が弱まった今、風は強くなるばかりである。そのとき、死者に対してなんらかの力を与えることはますます難しくなる。

「ちょっとした奇跡」では、列車が動き続けなければ人類は死んでしまうという設定だ。しかしふとした停止に物語上、至上の価値が与えられている。未来へと一方向に進む物語は停止し、時空は結晶化して無時間、無-場所の住人となる。

僕の一番好きな曲の「Escape From the City」でソニックは動き続けている。けれども全てから脱出したらついには行く場所は尽きてしまう。僕にもこの曲を聴かなくなる日がいつか来るのだろうか。

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