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日記「脇に穴の空いたセーター」
1.
脇に穴の空いたセーターを着て、いた、そのせいで仕事中に上着が脱げなかった。
今季一番の冷え込みのなか脇に穴の空いたセーターを着て、歩いて、いた。
脇に穴の空いたセーターの、セーターの脇に空いた穴から、寒空の冷たい青白い空気が滑り込んで、きた。冷たい青い空の、空の寒気が。
脇に穴の空いたセーターは海のような色をして、いる。黒いTシャツがのぞく脇の穴は深海10000メートルの、マリアナ海溝の色をして、いる。ワキアナ海溝の色をして、いる。
ブッダは脇から生まれてきたというから、もしも今日の僕が突然ブッダを身籠ったとしてもこの脇に穴の空いたセーターの、セーターの脇に空いた穴から無事生まれてくるだろう。何を隠そう僕は幼い頃よく巨大な白い象が夢に出てきたのだから。
夢の中の白い象は、昔飼っていた頭の良い白い犬が死んでしまうかもしれないという深い穴のような悲しみから生じたもの、だった。夢の中のピンク色の幼稚園で父親が犬の死んだことを伝えにくるのだが、傍に巨大な白い象を引き連れて、これが愛犬のチビだよと言う。
その悲しみ、その恐怖、巨大な白い象の巨大な黒いまなこはぐるぐるとクレヨンで書き殴った黒い丸の、マリアナ海溝のワキアナ海溝の、ような冷たい暗さをしていた。
脇に穴の空いたセーターの、穴、ゆくゆくは布と穴の大きさが反転してしまうだろうから。
脇に穴の空いたセーターの、セーターの脇に空いた穴、セーターに空いた穴あなに囲われた青緑の大陸。
2.
ビー玉が棚の下に転がっていってしまったがしばらくしたらビー玉はノロノロと戻ってきた、手の届かない暗闇の奥から。
棚の隙間子どもにはまだかろうじて分かる世界の住人モローゾロさんが暗闇の中からビー玉を投げ返してくれたのであって、決してピョナンソン氏ではないところに注意が必要だ。
二人組の小人は埃っぽい穴穴に住んでいてときに子どもたちのことを助けてくれるが、その顔はだいぶん恐ろしい。白い巨大な象と同じくらい恐ろしい。
バターを塗るように命令してくる声よりは恐ろしくない。
隣にいた先生が驚く。顔は怖いが優しい小人である。
* * *
突然何のことかと思われたかもしれませんが、以上の文章の前半は今日脇に穴の空いたセーターを着て仕事をしていた僕の一日を表現したものです。
後半部はさっき思い出した幼少期のエピソード。ビー玉が棚の下に転がっていってしまって戻ってこなくなり、造形教室の先生が「ビー玉行っちゃったね〜」と言ったところ幼い僕が「大丈夫だよ、ここの下には〇〇さんと〇〇さんがいるから」と言ったという。その後コロコロと向こうからビー玉が返ってきた。幼い頃僕には何が見えていたんだろう。怖い。
白い巨大な象は父親の描く象の落書きが怖すぎて夢にまで出てきてしまったときの話。ヘッダーの画像はそれを再現してさっき描いたもの。