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【詩】夜がはじまる

Nardis

森の中を小舟で進んでいる感じ
船には二人の人間
見上げると、光が落ちてくる森の内側
木漏れ日は、どこか森の外の存在をほのめかす
その緊張感を浴びながら、ふたりは小舟の上で会話を続ける
まるで、窓がない小さな部屋を建てるように

***

ビル・エヴァンスの姿勢

目を閉じているビル・エヴァンス
ビル・エヴァンスの世界はピアノを中心に回っている
ピアノが軸になり 世界が解釈される
ピアノが鳴っている間は、彼は完璧に世界と調和する
だが、ピアノがないと、世界はひどく混沌としたものになる
だから、
世界から滑り落ちないように、ビル・エヴァンスはピアノを弾く

***

それはわたしにとっての文字と同じことだ

***

夜がはじまる

手を振ったその時から
わたしは
深い藪の中に落ちていく

さっきまで美しかった夕暮れが
わたしを焦がす血に見える

すべての路地が
わたしの優先順位を鈍らせる

わたしはどこにいるのだろう
夜がはじまる

あなたがいなくなったとき
わたしがはじまる

わたしが忘れていたわたしがはじまる
おかえり、って感じで
夜がはじまる

***

部屋で

彼女の背中が
白くて
それは蛍光灯のない部屋で
忘れられた陶器のようだった

彼女は泣いていた
わたしが身体を起こして声をかけても
気付いていないような

わたしは笑った
泣くほどに大切なことが
この辺りに見つかるとは思えなかったから

でも
彼女は泣いていて
ホテルの窓が四角い紺色を作って
その中に白い背中が浮き出ていた

***

Relationship

ひとつの可能性が
目の前で潰れていくことに
いつか苦しさを
感じなくなるのかしら

それが若さだ
わたしを斥けたいわたしがそう言って
わたしの悲しさすらも
否定しようとする

あるひとはそれを恋と呼ぶ
わたしは恋を知らない
わたしは愛を知らない
わたしに残るのは 尾を引いて残った音の影
それが
桃色と灰色の混じったような色味で
ささやく音はまるで夕暮れの虫

そして
その音のなかに
誰かの寂しさが
しずくのように瞬いている
わたしはそれをたどって
その人の心の形を両手に感じる
それは血と海と星が混ざったひとつの塊
わたしはそこで動けなくなる
人と人が出会う場所で
どちらかが優位であることなどありえない
時には征服し 時には征服される
わたしたちはまったく同じ大きさをしていて
まったく違う姿をしているのだから
だからわたしはここで
その人に出会う あなたに出会う

けれど
つかの間の永遠の後
別れがやってくる
別れが 多すぎるものが わたしを許さない
その命の海に
永遠でいられる場所にいつづけることができない
だからわたしたちは
別れる
ひとは別れる
あなたは残響になって尾を引く―――



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