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パンドゥーラ[後]

[13] 闇

 どこからか重い金属音が響いてくる。
 それに微かな低いモーター音――。
 船内には、不思議と人の気配が感じられなくなっていた。
 まるで――動いているのは船だけになってしまったかのような気さえしてくる。
 メアリ・セレスト号のように、人が忽然と消えてしまった船をナツは思い浮かべた。
 1872年にニューヨーク港を出航後、ジブラルタルへ向かう途中のディ・グラチア号に発見されるまでの10日間をメアリ・セレスト号は漂流していた。
 北緯36度56分、西径27度20分、アゾレス諸島のサンタマリア島から西方76キロの海上が航海日誌に記されていた最後の位置だ。
 メアリ・セレスト号を発見したディ・グラチア号が航行していた海上からは10キロ余りの距離がある。
 その間、この船は漂流していたらしいと推測された。
 船内には荒らされた様子はなく、つい今しがたまで人がいたと思われる痕跡がいたるところに残っていた。
 ところがメアリ・セレスト号には、誰ひとりとして乗っていなかったのだった。
 たった今まで、人々が食べていたようなテーブルの上の食器の温かいスープ。ランプの明かりと読みかけの本。
 誰かが立ち上がろうとして、ズレたままの椅子――人がいたと思われる痕跡はいたるところに残っているのに、人そのものだけが消えている……。
 不気味な想像はやけにリアルで、ナツは慌てて首を振って自身の想像を打ち消した。
 窓の向こうは相変わらずの闇――。
 そして、廊下に響く自分の靴音。
 ガラスに映った自分の姿を眼にして、ナツは少しやつれた自分の顔に見いった。

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