#09 どうしてクマはまちに来るの?|共に暮らすために知りたい2つのこと
2019年、2020年に札幌市の住宅街にクマが出没したニュースのことを覚えている方も多いのではないでしょうか。
札幌市・佐々木さんのお話
前回の外来種の話に引き続き、「生き物との共生」をしていきます。今回は、クマの話です。札幌市役所でクマ対策を行う佐々木さんにお話を伺いました。
彼女が所属する環境共生担当課では、市民から出没情報があったら、そもそもそれがヒグマなのかという調査を行います。また注意喚起のほか、今回のような啓発活動や研究なども行っているそうです。
佐々木さん「札幌市のヒグマ出没について、令和元年度の出没件数は、196件。過去2番目の多さでした。特定の一個体が、一週間以上にわたって繰り返し市街地に出没したことが原因です。最終的に、そのクマは駆除されました。」
どうしてこのようなことが起きてしまうのでしょうか。そのために、私たちができることは何でしょうか。一緒に考えてきましょう。
どうしてクマはまちに来るの?
そもそも、なぜ山に住んでいるはずのクマが市街地に出没するのでしょうか。
今回、佐々木さんから2つの観点から教えていただきました。キーワードは「ゾーニング」と「クマの学習」です。
1 ゾーニング
(1)クマがまち来るのは、森が減っているから?
もしかしたら、こんな風に考える方が多いのではないでしょうか(実はこの時まで私もそのひとりでした。)。
「人が森を切り開いて野生動物の住みかを奪っているから、クマが街に出てきてしまうのだ」
それに対して、佐々木さんは、札幌市の1960年代と現在の航空地図を見せながら「本当にそうでしょうか」と問いかけます。
なんだか、緑地は増加しているように見えますね。
佐々木さん「森林開発のピークは、1950〜1960年代です。むしろ、今は、森林は増えていると考えられます。鳥獣被害が大きな問題になっているのは、ここ最近のことなんです」
どうやら鳥獣被害は、必ずしも森林開発のせいわけではないようです。ほんとうの理由は何でしょうか。
(2)ゾーニングとは
佐々木さん:「共生」というと、「同じ場所で暮らす・はたらく」ということを思い起こしがちかもしれません。でも、異なる生き物/野生動物と人間が共に生きるために大切なのは、領域を分けていくこと。それが「ゾーニング」です。
野生生物に関するゾーンには、3つあります。
1 市街地ゾーン🏘👨👩👧👦
2 市街地周辺ゾーン☘🌷
3 森林ゾーン🎄🐻
大切なのは「2 市街地周辺ゾーン☘🌷」です。これが人間の住むゾーンと野生動物の住むゾーンの境界線、緩衝帯となっています。
佐々木さん:札幌市には、この市街地周辺ゾーンが少ないのです。そのため、人とヒグマの生活圏が密接してしまっています。
そもそもクマをはじめとする野生生物は、身を隠すことができない開かれた場所(刈り払いがされた見通しのいい土地、管理された畑など)に居心地の悪さを感じて避けます。これによって、クマが市街地ゾーンに現れることを防ぐことができます。
しかし、近年は、写真で見たように全体として緑地が回復していることに加えて、市街地周辺ゾーンには高齢化や後継者不足などによって、管理が行き届いていない畑・緑地が増えています。そのため、クマが偶然に市街地にきてしまうことがあるというのです。
🐻「あれ、ここはどこ?」🏘👨👩👧👦🏙
これが「人とヒグマの境界線の不明瞭化/ゾーニングが不足している」という問題です。
2 クマの学習
(1)人の食べ物は魅力的
ゾーニングができていないことで、クマがたまたま街に出没しやすくなります。一方で、クマがわざわざ街にきてしまう、さらに出没を続けることもあるようです。これが「クマの学習」です。
佐々木さん:クマにとって人の食べ物はとっても魅力的なんです。美味しい/栄養価がある/簡単にたくさん手に入るからです。普段、クマたちは、山を一日中歩き回って、アリ/フキ/ドングリを探しています。
🐻「一生懸命歩いたけど、今日は食べ物見つからないかな〜・・」
佐々木さん:でもどうでしょう。もし、クマが歩き回った結果、たまたまこんな場所に出くわします。そこには、トウモロコシ/さくらんぼ/りんごがたくさんあります。そんな風にラクに美味しいものがたくさん採れる場所があるということがわかったとしたら。人間でもそこに行きたくなりませんか。
実際に、札幌市内でクマが頻繁に出没した地域は、庭先でプルーンなどを栽培している家が多い住宅地でした。
🐻「市街地に行けば、ラクに美味しいものがたくさん採れるんだ💡」
(2)最初の学習の場所はどこ?
でも、ここで一つ疑問が出てきます。たまたま市街地にきても、普段、フキやアリを食べているクマが、どうしてトウモロコシ/さくらんぼ/りんごを食べものとして認識できるのでしょうか。
ここでも市街地周辺ゾーンが鍵になってきます。
このような場所にたどり着いたクマは、野菜や果樹を食べ続けることで、それらを食べ物として認識し、その味を覚えていくというのです。
それというのも、札幌の市街地周辺ゾーン、特にクマが出没した南区などでは、高齢化、後継者不足、経営難などによって放棄された果樹園が多くあります。果樹は放棄された後も、しばらくは実をつけます。そこへクマがやってくるというわけです。
🐻「なんだここは!人もいない、美味しいものたくさん…楽園だ〜」
クマがまちにくる仕組み
最後に、佐々木さんはこうまとめます。クマの出没は、ゾーンング不足によって「たまたま」起きやすく、なおかつ学習によって「わざわざ」繰り返してしまう仕組みによるものだと考えられます。
あなたならどう対策する?
そして、佐々木さんはこのように考えてみませんかと投げかけてくださいました。
ヒグマが出没しない環境をつくるためには、どのような対策が必要でしょうか?
佐々木さん「ゾーニングをするために、草刈りを一生懸命する。クマの学習を防ぐために、果樹園を伐採する、電気柵を設置するなど、一見、対策はシンプルに思えるかもしれません。しかし、現実はもう少し複雑です。」
実際に、日々対策に当たっている佐々木さんは、次のような現実を目の当たりにしているそうです。
・土地の持ち主がわからない。見つかっても、県外に住んでいる人もいる…
・町内会で対策しようにも、地域の人間関係がよくない…
・果樹園の高齢化、100〜200本の放棄果樹を切れと言われても…
・電気柵を立てるとしても、誰がお金を負担するの…?いやあ、趣味の庭先の畑に電気柵なんて…
佐々木さん「解決策はシンプルに見えても、理想と現実は違います。それが私が担当としての伝えたい想いかなと思います。」
みんなで考えてみよう
佐々木さんの話を聞いた後に、こんなことについて考えてみました。毎度おなじみの「act locally(仕組みにはたらきかける)」の練習です。
参加者からはこのような声が上がりました。
・緑と近いことが札幌の魅力でもあり‥複雑な気持ちになりました。
・森林伐採が今の出没の大きな原因ではないということを初めて知りました。
・ヒグマの出没は、ヒグマ側の変容というよりも、ヒト側の社会構造(少子高齢化とか)が変わったことに起因するのだな。
・緩衝帯を設けるために、空き家問題、放棄果樹園、荒廃した畑をメンテナンスしたいわけですが。そこで障害になるゴースト「持ち主」に許可をもらわないといけない問題に切り込みたい。これは災害の後の半壊家屋の処理や、車の移動が勝手にできないことにも関連していて。土地と登記、所有の概念が変わることないかしら。
今回が秋学期の最終回でした。この学期は、こんなことが繰り返し聞かれたように思います。
まずは、科学の視点から、今起きていることを知る大切さ。きっとこうだろうと勝手に思い込んでいたことは、実際はそうではないことがあります。もし科学者の努力によって、より正確な事実関係や解決策が出ているのであれば、私たちがあまり悩みすぎる前に、それを学ぶことがよいかもしれません。そもそも課題とは、現状とありたい姿の差分です。ありたい未来を描くことも大切ですが、「今何が起きているのだろうか」をよりよく知ることも必要なのではないでしょうか。
もう一つは、現実の複雑さです。科学的に言えば、解決はシンプルなことも、実際にやろうとすると、難しいことがあります。なぜなら、ひとり(単一セクター)でできることに限界があるためです。また、複雑な問題には、容易な解決策はないか、そもそも「解決をする(カタをつけたら、ハイおしまい)」ということが叶わないことも多くあるためです。たとえば、市街地周辺ゾーンは、ひとりでは整備できないし、一度整えたらおしまい、というわけにはいきませんよね。クマや人の暮らしは、常に変わりゆく環境の中で続いていくものだからです。
クマの“駆除”も、毎回物議をかもします。ただ、こうして、問題の背景を考えてみると、もしかしたらその原因の一端を、直接的であれ、間接的であれ、私やあなたが担っていることも事実でしょう。
かんたんに解決できることからば、もうとっくに解決されているはずです。改めて、こうした複雑な課題を前に、多様なセクターの私たちが共にはたらき続けるために、どのような仕組みづくり/アクションができるでしょうか。
その探求は、冬学期に続きます。
【第9回目】人と生物が共に暮らすということ(2020.12.17)
グラフィックハーベスター 絹村亜佐子
エディター 反町恭一郎