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『ぽかぽかする話。』
久しぶりに先生(娘)とゆっくり温泉に浸かる。
ずいぶん楽になった。
ちょっと前までは、いつ滑って床に頭を強打しないか心配で本当に目が離せなかったから、シャンプーするときも先生を膝に抱えて目を開けたまま洗っていた。
リラックスというよりは無事に上がって着替えさせてほっとするまで一仕事という具合だったのに。
これだけ一緒にいても、時の流れに置いていかれそうになる。
私が、気持ちがいいね、というと、先生も気持ちがいいね、と言う。
あったかいね、というと、あったかいね、と言う。
もう少ししたら、先生と一緒にお風呂に入ることも一生涯なくなると思うと、寂しい気持ちになる。でもいま確かに此処にある時が消えることはないのだから、心にとどめて大事にしておこうと思う。
風呂から上がると、順番に脱衣場で体重を計り、足ツボマッサージの板に乗る。
此処が痛むと此処が良くない、と書いてある。あ、ととは心臓のところが痛い。死ぬかもしれません、というと「ふーん、そうなんだ」と先生は捨てるように言った。
それから、洗面台の前にある丸椅子のうえに立ち、熱心に蛇口の研究をした。
隣には老紳士が二人、並んで立っている。
一人はほとんど無いとも見える頭髪に、几帳面に繰返しコームをかけながらドライヤーをあてがう。
もう一人は鏡の前に置かれたフレグランススティックを綿棒だと思い込んで耳に突っ込んでいる。
パーテーションで仕切られたそれぞれの鏡の前に立つ三人の後ろ姿を眺めていると、
あァ、なんてこころがぽかぽかする。
そこで私はあることに気が付いた。
そうか、“身”も“こころ”もあたためる、是即ち温泉の真髄か。