源氏物語・潤一郎訳を読みながら気づいたこと
とあるきっかけで「源氏物語」を読み始めました。
「源氏物語」は様々な出版社から出ていて、訳者も様々。私は、友人に勧められた中公文庫の(谷崎)潤一郎訳を読んでいます。
源氏物語は、歴史マンガの「紫式部」中で紹介されているのを読んでハマり、図書館から分厚い本を借りて来て読んでいました。
きちんと読むのはそれ以来なので、ウン十年ぶりです。
主要な人物についての記憶はありますが、細かい部分はすっかり抜けていたため、新鮮な気持ちで読ませてもらっています。
正直な話、訳してあるとはいえ古典。当時の文化的背景や風習などが分かっていないと、なかなか読みこなすのは難しいと感じました。
でも、美しい日本語に触れ、雅な世界に浸ることができます。
読んでいて、もう一つ気づいたことがありました。
外国人が話す日本語に似ている・・。
ここ数か月、仕事で留学生の方たちと話す機会が増えていて、彼らとやりとりをしているときの感覚と源氏物語・潤一郎訳を読んでいるときの感覚が一緒だということに気が付きました。(あくまで私の感覚です)
一文が細かく「、」で区切られていて全体的に長いところや、一語一語しっかり言葉を紡いでいるところがとても似ていると感じました。
私たちが普段話す日本語は、いろいろな言葉が省略されていますが、彼らは省略せずに、詳細に話そう(書こう)とします。
彼らは母国なり日本なりで学んだ「正統な日本語」を話しているのだと思いました。
もしくは「違う国・違う言語の人と話す」ときのコミュニケーションを心得ていて、丁寧に話してくれているのかもしれません。
「違う時代・違う文化的背景の人に伝える」谷崎潤一郎さんが、そのような意図で源氏物語を訳したのかどうかは分かりませんが、、
もしそうだとしたら、似ていると感じるのも頷けます。
そんな、本編とは全く関係ないことを考えていましたが・・源氏物語の世界も楽しみたいと思います。
<Photo by Daniele Franchi on Unsplash>