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【絵とSS】絵は動いている ― 伝書鳩 ―

ヒマなハト
作者 YOKOZCO

*YOKOZCOさんの許可を得て画像を載せています。

伝書鳩


 新聞社の取材合戦の花形と言えば伝書鳩、そんな風に言われていたのは何年前だろう。社屋の屋上ではまだ伝書鳩を飼っていたが、出番がなくなってもう十年以上経つ。鳥栖とすが入社した新聞社でも、伝書鳩を手放す話が進んでいた。

 鳥栖が昼食を取って新聞社に戻る途中、急に雨が降ってきた。雨宿りをする時間などなく、鳥栖は小走りに駆け出した。

 路上の先の方で、絵を売っていた老人が慌てて店じまいをしている。あのじいさんも商売あがったりだな。そんなことを考えながら老人の居た場所まで来ると、手のひらサイズの額がポツンと落ちていた。しまい忘れたのか? 鳥栖は額を拾い辺りを見渡したが、老人の姿はもうどこにもなかった。

「意外と素早いんだな」

 鳥栖は改めて手に取った絵を見た。ジャケットの袖口で雨粒を拭うと、そこには電話を片手に忙しそうにメモを取るベテラン記者が描かれていた。その周りを鳩が飛び、記者の頭の上には白い鳩が乗っている。鳥栖は思わず吹き出した。そのベテラン記者が上司の編集長そっくりなのだ。さすがに部屋に鳩は大袈裟だけど、まるでうちの新聞社のようじゃないか。そうだ、この絵は今度あの老人に会った時まで預かっておこう。鳥栖はずぶ濡れになりながら、絵を持ち帰ることにした。

 昼休みはもう終わっている。ところが、鳥栖が戻ってきた事に誰も気が付かないくらい大変な事になっていた。

「捕まえてくれ!」

「誰だ、鳩の籠を開けっ放しにしたのは!」

「それより、なんで鳩を部屋に持って来るんだよ」

「す、すみません。鳩舎の鍵が壊れてどうしていいかわからなくて…」

 屋上で飼っているはずの伝書鳩数羽が部屋に放たれ、修羅場と化していた。無理に捕まえようとして鳩の羽は抜け落ち、たくさんの羽毛が空中を舞っている。人間をあざ笑うかのように、飛び回っていた一羽の白い鳩が、電話をしている編集長の頭の上に乗った。うそだろ、絵と同じじゃないか! 思わず後ずさりした鳥栖は、鍵のかかっていない開き窓にぶつかった。そのとたん、編集長の頭の上にいた白い鳩が、全開になった窓からすり抜けるように外に飛び出した。

「何やってんだ、鳥栖!」

「あっ、すみません」

 雨は更に強くなり稲妻が光り、鳥栖は慌てて窓をピシャリと閉めた。その時、飛び出した白い鳩の姿が突然消えたように見えた。……まさか絵とは関係ないよな。気味が悪くなった鳥栖は、拾った絵を自分のデスクの引き出しに隠すようにしまった。

 白い鳩は消えたままだったが、部屋の中を飛び回っていた鳩は何とか籠に戻った。

「白い伝書鳩って珍しかったのになあ」

「編集長、鳩の世話をまともにできる者はいないし、もう伝書鳩はいりませんよ」

「そうだな」

 突然、稲光と同時に窓ガラスが振動するほどの雷鳴が轟いた。

「あっ見て、鳩が戻ってきた」

 鳥栖は反射的に窓の外を見た。白い鳩が雨宿りをしている。消えたと思ったのは見間違いか? 鳥栖は内心ホッとしていた。

 どこに行っていたのか、よく見ると白い鳩に手紙が付いていた。編集長は手紙を見ながら髪の毛を掻きむしっている。

『一年後、大混乱が起きる。伝書鳩を手放すな!』

「どういう意味だ、いたずらか? 誰だ、こんな事をしたのは?」

 みんなは首を横に振った。

「未来からの手紙じゃないですかあ」

 先輩が言った冗談にみんな笑った。

「あの、やっぱり伝書鳩は手放さない方がいいんじゃないでしょうか」

「ほう、どうしてそう思うんだ鳥栖?」

「あ、いや、そう書いてあるから」

 白い鳩が消えたと言っても信じてもらえそうもなく、確信もない鳥栖は言葉に詰まり、失笑が広がった。

「まあいい、万が一と言うこともある。そう言うなら鳥栖、おまえを伝書鳩育成の責任者に命ず。いいな」

 口は災いの元とは正にこの事だ。伝書鳩の事など何も知らない鳥栖は、頭の中が真っ白になった。

 編集長の恩情で、伝書鳩に詳しい専門家のサポートを受ける事になったものの、おかげで鳥栖は、本社と支社を行き来する往復鳩の育成まですることになった。ところが鳩を連れて行き来しているうちに、すっかり伝書鳩に魅了され、あっという間に一年が経っていた。

―最大級の台風が接近しています。万全の備えをしてください。

 ラジオでは、しきりに警戒を呼び掛けている。雨風も強くなり、一年前の手紙に書かれていたことがいよいよ現実味を帯びてきた。

「被害が広がらなければいいが……」

 台風が過ぎ去った後、電信柱が倒れあちらこちらで送電線が切れていた。鳥栖たちの心配をよそに、大規模停電が起きてしまった。

「編集長、電話も一切繋がりません!」

 復旧の見通しも立たず、それでも今の状況を伝えなければならない。

「伝書鳩だ。鳥栖、支社に鳩を飛ばしてくれ」

「承知しました」

 鳥栖は初めての大きな仕事に夢中になった。

 数時間で行き来できる往復鳩は、もはや他の新聞社にはいない。鳥栖は鳩の数や放つタイミングを考え、戻って来る時間を予測しながら、被害にあっていない支社とやり取りをした。

『猛台風、都市機能停止』

 その甲斐あって、鳥栖たちはどこの新聞社より正確でいち早く号外を出すことができた。

 鳥栖はいきなり社長賞を受賞し、屋上の鳩舎も立派なものに建て替えられた。

 

 鳥栖も年を重ね、新聞社のビルも新しくなっていた。

 昼過ぎから急に雲行きが怪しくなり、大粒の雨が窓を叩きつけている。

 窓の外に目をやった鳥栖は、白い鳩が雨宿りをしている事に気が付いた。その鳩には見覚えがあった。新人の時、うっかり逃がしてしまった白い伝書鳩。その後、往復鳩として活躍し、鳥栖の人生を変えたと言っても過言ではなかった。

 鳥栖は足環に刻まれた番号を確認した。

「やはりおまえだったのか」

 鳥栖は愛おしむようにその鳩を見つめた。あの時、稲妻が光って突然姿を消したのは見間違いではなかった。白い伝書鳩は、タイムスリップして鳥栖の下にやって来たのだ。鳥栖はずっと、こういう日が来るような気がしていた。

 外では雨が激しくなり、雷が近づいている。ビルのそばで雷が鳴れば、この鳩は再びタイムスリップして戻れるんじゃないか? 鳥栖はチャンスを逃さないよう、手早く手紙を書いて、白い鳩に取り付けた。

「頼んだぞ」

 鳥栖が窓を開け白い鳩を放って間もなく、激しい音と共に屋上の避雷針に雷が落ちた。鳥栖が見守る中、雨に濡れ羽ばたく白い鳩の姿がフッと消えた。

 鳥栖は、机の引き出しの奥から昔拾った絵を取り出した。しばらく眺めていると、雨が上がり、差し込んできた太陽の光がその絵を照らした。

 鳥栖は絵を引き出しの中にしまい、会長室を出て大切な鳩レースに向かった。

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