レゴ®︎シリアスプレイ®︎でモデルを作るときに起こっていること〜脳科学の知見に照らして〜
以前のNoteで、レゴ®︎シリアスプレイ®︎でモデルを作っているときに起こっていること、そしてピアジェとパパートによる認知や教育に関する理論との関係について私なりに書いてみた。
もう一つ、目を向けておきたいのが脳科学である。特に「意識」に関する書籍を読んでいると、着実に研究が積み上げられて「意識」について多くのことが明らかにされつつあることがわかる。
まだ意識の完全解明までは程遠いものの、以下の書籍で書かれていたことを、以前のNoteでも紹介した下記の図と絡めて、モデルを組み立てている時に起こっていることへの理解を深めてみたい。
ちなみに今回のNoteで特に参考にしたのが以下の2冊である。この他に、「コンストラクショニズム」のシーモア・パパートとも親交の深い、AI研究者であるマービン・ミンスキーの著作『ミンスキー博士の脳の探検』があるが、私自身、全貌をまだうまく理解できていないので、今回は取り上げない。
意識されないところで脳の部分同士が情報を投げ合っている
さて、これらの本だけでなく、最近発刊されている脳科学に関する書籍に関して指摘されていることが、わたしたちが意識できていないところで、多くのことが脳のなかで処理されているということである。
さらに、それらは脳の各々の部分同士で相互に情報を与え合っているという。例えば、視覚情報でも、そこに顔があるかどうかを判断する、光の当たり方を判断する、奥行きを判断する、色を判断する、そこにあるものが何かを判断する、盲点(眼球内の網膜にある光情報を受け取る神経がない部分)の情報を推測して埋める、などなど同時に様々な処理が行われており、それらが相互に結びついて一つの全体像をつくりあげ、意識にあがってきたとき、私たちは「見えている」感じを受ける。
ブロックを組み立てるとき、目の前にある材料となるブロックは様々な処理のもと、その存在を私たちは意識できている。実際には、そのうちの一つを手に取って別のブロックに連結するのだが、そこでも数多くの処理が存在する。
このとき、興味深いことは、脳の中ではある程度、認識の分業制になっている一方で重複する処理を行なっている部位もあるということだ。どのブロックとどのブロックをつけるのかの判断についても、民主制議会のように、脳の各部位から判断に関する処理と結果情報が流れ込んできて、優勢な意見に関する情報に基づいて最終判断が決まるという考え方ができるという。『あなたの知らない脳』では「心の民主制」という表現で説明されている。
わたしたちが「迷い」を感じるのは、いろいろな判断が甲乙付け難くフィードバックされ、意識にのぼってくるからである。それは、二者択一の迷いのときもあれば、無数の選択肢が並んでどれも甲乙付け難いときもあるだろう。脳内ではたくさんの判断に関するフィードバックが行われているが、選択肢そのものが意識に登らないこともある(どうしていいかわからない感じ)。
上記に示した図に重ねて言えば、ブロックの組み立ての際には、意識に登らないたくさんの声の中で「組立」ー「判断」が繰り返されているということになる。それに先立つ「探索」は、そうした脳内の部分同士で行われる情報のフィードバックそのものだと解釈できる。
「手を動かそう」にある利点と落とし穴
モデルを作るとき、参加者が迷っているのをみたら「まずは手を動かそう」「とにかく作ることを意識して」という掛け声をかけるのも理にかなっている。本人は何かを狙わずに作っているつもりでも意識外で様々な判断が重ねられているからだ。
ワークを進行するファシリテーターとして、気をつけなければならないのは、モデルの説明をするときに「なんとなく」をどこまで受け入れるかである。意識の外での判断は行われているが、本人が意識できていないのは間違いない。それを否定してしてしまうと、参加者との関係性が崩れてしまう。
また、その判断が「問い」との結びつきから遠いまま作られていると、例えば、「なんとなく」の正体が「目に飛び込んできたブロックを使え」という判断の結果である場合も考えられる。そうなると「なぜ」と迫っても有益な気づきには至りにくい。
ここでは「問い」をベースに、「探索」ー「組立」ー「評価」が進められないといけない。参加者の集中力を奪わないように「問い」を意識させることが重要である。
これに関して、紹介した『意識と脳』では「グローバル・ワークスペース」という考え方が示されている。そこでは様々な脳の部位からの情報を強力に集め、一貫性のある情報のつながりへとまとめようとすると共に、各部位に情報を送り返すことを主に行う場所である。そのやりとりの一部は「意識される」。このワークスペースに「問い」が入っていけば、無意識のプロセスにその「問い」について反応を返してもらうようなやりとりが始まるのである。そしてその存在を示唆する長大な神経細胞が見つかっているとともに、それを行う脳の主な部位も特定されつつあるという。
繰り返しになるが、ワークでは参加者に「手を動かさせる」も大事であるが、それ以前に「問い」をしっかりと意識させるということがファシリテーターにとって重要なスキルであるといえよう。
脳は柔軟であり、判断を見直し続ける
脳の様々な部分が意識外で多くの判断を重ねているということであるが、より重要なことに、この判断は(その多くは意識にのぼらないところで)常にアップデートされていて見直されていると考えるべきだという。
常に人間は何かを経験し、情報を外界から取り入れているほか、脳内で情報を相互にフィードバックし続けている。睡眠時にも脳が働いており、様々な情報が睡眠時に整理・見直しされていることはよく知られている。
私たちが一つの物事を、多角的に解釈できたり、メタファーを使えたりするのは、こうした情報の処理に関して、様々な可能性を脳が追い求め、柔軟でありつづけようとする基本的性質のおかげだといえよう。
別の角度で言えば、人の判断や物の見方はうつろいやすいともいえる。レゴ®︎シリアスプレイ®︎の基本ワークの中で「ブロックを積み上げる」というものがある。この積み上げは私自身何回もしているが、毎回違うものができる。「より高く積み上げろ」と意識しても毎回違う。それだけ脳は柔軟である。
人間は、文字や物体や顔の認識など毎回、物事の見方が安定して変わることがない部分がほとんどのようにも感じられるが、よく観察してみると「物事の見方が安定する」は逆に常に認識をアップデートしようとする柔軟性に支えられていることがわかる。文字や数字の大きさや書体が変わっても私たちは認識できるし、顔についてだって年をとるのに同一人物であると確信できるのは、判断を柔軟に繰り返してより良い方法を求め続けているからである。
「変わらないこと」を見ることの意味
脳が常に変化と検証をおこなっているという観点から考えると、ブロックを使ったモデルづくりでもその形が「変わること」以上に「変わらないこと」に着目すべきだということになる。
例えばレゴ®︎シリアスプレイ®︎ワークでモデルを作ったとき(同じお題だと顕著になるが)、繰り返し作る中で同じような表現が何度もでてくるときがある。下図では丸に斜線がひかれた部分が、繰り返し出てきている部分をイメージしている。
こうした共通部分が何であるのか、その裏にどのような判断のパターンが眠っているのかを探ると見えてくるものがあるであろう。
それがキャリアに関する問いならばキャリア・アンカーの発見につながったり、企業だったらミッションの発見につながったりする可能性が高い。それが問題という点であれば、より本質的な問題に迫る道であるといえる。
つまり、レゴ®︎シリアスプレイ®︎に限らず、様々なワークや研修は、1回で終わらせず、複数回行うほうがよい。特にレゴ®︎シリアスプレイ®︎は脳内のイメージをより引っ張り出せる手法であるがゆえに複数回実施と分析の効果は高い。研修を設計・提案するときには、複数回をぜひ積極的に検討すべきである。#