椅子とかばんの話
「私はかばん屋で、祖父が椅子屋です。」
そう言うと多くのひとが、「え、かばんて、あの、持つ?それで、いすって?あの、こう、座る?」と聞く。
組み合わせが珍しいのか、すぐにイメージと結びつかないのだと思うけれど、どちらも道具で、どちらも人間の大きさに合わせて出来ていて、どちらも欧米から日本に輸入されて生活の中に溶け込んだものたち。
祖父の工房に興味を持ってくださるひとも多いのだけれど、皆さん知っていますか。職人は、見学者がいないときの方がいい仕事をする。
祖父の椅子工房では、新たに椅子を作ることは殆ど無い。
誰かの家で何十年も使われ、表面が破れたり、中のスポンジやバネが傷んだのを持って来て、修理して返す。それを毎日、何十年もやっている。
ときどき、昔、祖父が修理した椅子が持ち込まれる事もある。持ち主が二代に渡っていたり、住所が変わっていたりする。
椅子は、毎日の生活を支えて、その持ち主に使われている。
ソファで昼寝するひとの家では肘かけから汚れるし、猫を飼っているひとの家では四脚のうち一脚だけボロボロになる。
引っ越しのタイミングで見た目を変える人もいるし、子どもが生まれたので、と革張りの椅子を合皮や布に変えるひともいる。
椅子を張り替えるのは、値段としては安くはない。
皆さん、毎日、長く使うものだから、ときには新しく買うよりも高いお金をかけて、修理してまで使うのだ。
祖父の工房では、型紙を作らない。
椅子の表面は平らではなくて、人間が座ったときちょうどよく凹むよう、膨らんでいる。
スポンジの硬さ、布や革の厚みによっても、必要な面積は変わる。
さっと大体の大きさを測って、ハサミを入れて、釘を打つ。
今でこそミシンやタッカー(強力なステープラーのような道具)を使うけれど、昔、椅子屋はハンマーとハサミがあれば始められた。
何も持っていなかった若かりし頃の祖父は、ハンマーとハサミだけで椅子屋を始めた。
私が手縫いでかばんを作っていると言うと、祖父は困ったような顔をする。
長い時間をかけてやっと手に入れた便利な道具を使わないのか、と不思議がる。
違う。道具は進化しているのだ。
私はアクリルの定規を使う。下の様子が透けて見えて、革の傷を避けたり、先に引いた線から平行な線を引いたりするのにとても便利。
聞き鞄が使う昔ながらの製法は、決して私の祖父のように、何も持っていないから針と糸だけで縫うのではない。
針と糸だけが必要で、それがいちばん上手く行くから、選んで使っている。
祖父が張った椅子と聞き鞄のかばん。
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