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とある塾での、小6女の子の話。
無言の娘と社交的な母親
Bちゃん。小学6年生。一人っ子。私立小学校に通う女の子。
入塾時の申込書。今現在の予定を記入する欄に、びっしりと書き込まれた、Bちゃんの一週間の予定。バレエ、ピアノ、スイミング、習字、そろばん、英会話。そして新たに塾が加わる。ピアノを辞めて。
「娘がやりたいと言ったことは
全部やらせてあげてるんです」
という母親。
隣に座るBちゃんに、反応はない。
面談で、塾長はBちゃんに話しかける。
「算数、学校の授業が分からなくなっちゃった?」
「4年生の時に先生が代わって、それから算数が嫌いになって…」
そう答えたのは、Bちゃんではなく、母親だった。
Bちゃんはただ黙って座っている。
テストの点数を見ると、決して学力が高いわけではない。小学校・中学校・高校と内部進学できる学校だが、クリアしていかなければいけないテストがある。母親は、それが心配でならない。
沈黙する子
毎週水曜日。
母親は、教室までBちゃんを送り届ける。
「Bちゃん、がんばってね」
と、母親はいつも声をかける。
その声が、いつも、むなしく響く。
彼女はいつも、おしゃれでかわいい服を着てくる。机の上に並ぶシャーペン、消しゴム、筆箱は、頻繁に新しくなる。
夏休みを前に、母親は新たな補習授業を申し込んだ。予定表が作られていく。Bちゃんの夏休みの日々が、パズルのピースのように、次々と埋められていく。
母親が知らない、娘の姿
Bちゃんは、とても模範的で優等生の姿に見える。
しかし。実際は。
教室では、先生の目が届きにくい席に座る。先生が見ていない瞬間を狙って、答えを写す。家での宿題も同様。ただ、形だけを整えることに必死になっている。必死に、優等生でいようとする。
あるとき。塾の手違いで、Bちゃんの担当講師が来なかった日。
他の講師やスタッフは教室内を行き来していた。誰かに声をかければ、すぐに代わりの先生を手配してもらえたはず。でもそうすれば、授業を受けなければならない。
一時間、Bちゃんは、誰にも何も言わず、教科書を開いたり問題を解いたりすることもなく、その時間を静かに過ごした。
その一時間は、彼女にとって思いがけない自由な時間になった。毎日びっしりと詰まったスケジュールの中での、わずかな休息の時間。家から離れ、母親から離れ、習い事からも解放された、誰にも邪魔されない、貴重なひとときだった。
いつ終わるのだろう
親の期待に応えようとする良い子。
自分の娘を頑張り屋さんだと誇らしく思う母親。
「やりたいことを全部やらせてあげる母親」「好きなものを買ってあげる母親」「頑張ってね、と声をかけてあげる母親」
母親は、自分なりの愛情をかけている。
Bちゃんは、「やりたくない」「辞めたい」という言葉を、母への裏切りのように感じているのかもしれない。
彼女に必要なのは、算数の問題を解くことより、習い事を一つ減らすことなのだと思うのだが、それは一体いつ叶うのだろう。むなしい。
この物語は
フィクションかもしれないし
ノンフィクションかもしれない