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老後2,000万円問題は「核心がずれている」ことが問題である

老後2,000万円問題がニュースになってから、約一年と半年が経過した。

元々は金融審議会 「市場ワーキング・グループ」が報告したもので、老後を豊かに暮らすためには、年金だけでは月々5.5万円足りず、老夫婦一世帯当たり20 年で約1,300 万円、30 年で約2,000 万円にのぼる貯金の取崩しが必要になる、と試算されたものである(次図)。しかし実際にそれほど貯められる世帯は少なく、国会で紛争を引き起こすきっかけとなった。(ただし、生活水準は人それぞれであるため、ただの試算に過ぎないことが注意書きされている。)

老後の家計の不足

実収入から実支出を引くと月5.5万円不足

このことをきっかけに、メディアによって貯金の必要性が喧伝され、「投資によって若い時から資産を形成しましょう」という記事や広告が随所で見られるようになっている。

このこと自体は問題ではない。平均余命の増加によって、驚くほど私たちの老後期間は伸びている。寿命を100年として、65歳で引退してしまったら、実に35年も老後が続く!

資金が年金だけでは足りなくなることも十分に考えられ、将来に備え、早いうちから資金を貯めて投資に回し、少しでも資産を増やそうと努力することは、とても大事なことだと思う。

けれど、この問題に対する世間的な解釈には、大きな見落としがある。今回はそのからくりを紹介したい。

①今後生活費は増加する

上の試算は、「将来の生活費は、今と変わらない」という前提で計算されているけれども、これは果たして適切なのだろうか?

例えば現在、収入がゼロになっとして月々に支払うべき費用を見積もってみる。衣食住の費用、医療費、各種税金や保険料を概算し、将来支払われる年金、退職金を差し引いて、老後に必要な貯金額を見積もるかもしれない。けれども、ここで見落とされがちなのは、収入がゼロないし低い世帯は、"今現在"本来は平等に負担すべき税金を相当額免除されていることにある。

現時点では、多くの人が働き、多額の税金を納めてくれているからこそ、私たちの社会インフラはきちんと整備され、充実しな公的なサービスを受けることができている。例えば年金や健康保険は、加入者が支払う保険料だけでは足りず、国税や地方税によってかなりの割合が補填されている。

社会保障給付費の割合

図 社会保障の給付と負担
(被保険者拠出は31.4%に過ぎない)

これはつまり、国の活力の低下——今後働き手が減り、支えを必要とする人が増加することによって、社会保障関連費を税金で補填することが難しくなることを意味する。国に頼れる余力が失われるにつれて、原理的に保険料の増加や年金支給額の低下、支給年齢の引き上げなどは避けることができない。同様に、市役所で働く公務員、警察官、消防士など、かつては当たり前だった公共サービスを維持し続けることは徐々に容易ではなくなってくる。

また、社会の支え手が減り、社会に支えられる側が増えることによって、需給バランスは崩れ始める。すでに機械化しやすいところから機械化されており、さらなる生産性の向上によって人手不足の問題が解消できると期待するのはあまりに楽観的である。むしろ、介護離職の問題、認知症の人口の増加(次図)も相まって、働きやすさ(生産性)の点では相当厳しい状況に追い込まれる。需要の増加と、供給の減少はサービス価格を押し上げ、物価の上昇につながってしまう。

認知症の推移

図 増える認知症患者
(2030年で830万人——人口の7%を占める)

今までと同じ値段、税負担でサービスを受けられるという前提条件が、根本的に間違っている。

②老朽化するインフラ、増える空き家

人口の急減は、国土津々浦々と張り巡らされたインフラの維持費に大きな負担を発生させる。インフラのボリュームは変わらず、労働者人口が減り続けるのであれば、一人当たりが負担する維持費は徐々に増加する。

また人口の減少と新築のつくりすぎが相まって、2030年には3割が空き家になると推計されている。

空き家は美観を損ね、街の活力を下げるとともに、治安の悪化、倒壊による被害、不審火、飛来物被害、獣害の増加など、様々な負の効果をもたらす。所有者不明の土地が増えてゆき、スズメバチの大群が日本中を襲うという予想までされている。こうした空き家の撤去にはそこそこの費用が発生し、過疎化する自治体が負担しきれるものではない。放置することで問題が発生すると分かっていても、放置せざる得なくなってしまう。

また、高度経済成長期前後に建てられた道路、橋、水道などの設備は急速に老朽化が進んでいる(次図)。こうした街のインフラは、十分に修繕をしていなければ崩落事故を起こしたり、ある日使えなくなったりしてしまう。

建設後50年以上経過する社会資本の割合

③費用負担増加による生活保護の増加

上記のように、少子高齢化によって税負担は増え、物価は上昇し、インフラの老朽化は進む。負担が増えれば年金だけでは足りなくなっていくと、生活保護に頼らざるを得ない人口が増えていく。ただでさえ非正規雇用の職にしか就けなかった世代、独り身で歳を取ってしまった世代が高齢になってきており、資産が十分に形成できなかったり、助けてくれる身内がいないといった貧困世帯が増えていく。

しかしながら、生活保護に頼る人口が増えるほど、支援できる余力は減っていく。その結果、さらなる生活保護の支給額の減少、公共サービスの縮小を招き、困窮した家庭を追い詰めていく。

空き家が増え、日々の生活が苦しく、将来に好転する希望を提示できなければ、治安は相当悪化する。一方で、それを取り締まる警官や消防士は、必要であっても縮小せざるを得ない状況だ。

社会の混乱は疑心暗鬼を生み、不正へと人を駆り立てる。不正がはびこる社会はひどく生産性が悪く、さらなる社会的コストを生みかねない。

④積みあがる国債がインフレに拍車をかける。

日本は長い間、歳入の多くを国債に頼りきってしまい、多額の借金の山を築いてきた。国債の発行によって、市場に多額(理屈上は国債と同額)の通貨が流れ込むことで景気の底上げがされたものの、平等に富は分配されることはなかった。一連の国策は、持つ者のみを一層豊かにし、持つ者と持たざる者の資産格差を大きく引き延ばす結果となった。

今後少子高齢化によって先細りしていく労働力は、総じて裕福な人に買い占められ、物価を押し上げる力を持つ。際限なき国債の発行は、格差を生み、社会のリソースが平等に分配されないシステムを作り出した。国債によってうずたかく積まれた資産が一気に消費に流れ込み、インフレに拍車をかけていく。

資産格差_囲い込み

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これらが、想定される近未来の日本である。

生活費は上がり、資産はインフレによって目減りし、社会不安は増加させ、さらにそれが生産性を悪化させる。2,000万円の資産を貯めることがゴールにはなり得ない。今後"超"高齢化社会を迎えるにあたって起こりうる、労働力不足、資産格差、就労機会の不平等、老朽化するインフラなど、根本的な諸問題に意識が向いていないことが問題なのである。社会の秩序が壊れる中、多少の資産形成にどれほどの意味があるだろうか?

残念ながら、少子高齢化の問題はもう少しだけ闇が深い。

誰に対する「貸し」か

もしあなたが65歳になった際に、夫婦で目標額の2,000万円の貯金を貯められたと仮定する。これは若い時に頑張って働き、倹約に努めたことで成し遂げられたものだ。

そして老後になって、2,000万円相当のサービスを受けることができると期待する。時給を1,000円とすると、2万時間に相当する労働力だ。けれど、ここで考えてほしい。これは"誰が"サービスを提供してくれるのだろうかと。

それは、あなたが老後を迎えた時に働いてくれている、"若い働き手"に他ならない。

そもそもお金というものは、人と人との間の「借り」と「貸し」を数値化したものである。あなたは頑張って働き、サービスの受け手、総じて高齢者に対して「貸し」を作ってきた。けれど、あなたが高齢者になった時に助けてくれる"若い働き手"には、何も「貸し」を作ってきていない!

2,000万円貯めることで、確かに2,000万円分のサービスを受けられる。5,000万円貯めれば、5,000万円分のサービスを受けられる。けれどあなたが築いた「貸し」は、"若い働き手"からすると、多くが身に覚えがなかったり——生まれた瞬間に押し付けられた義務(借金)に他ならない。

注釈:貸しと借り、資産と負債は表裏一体の関係であり、誰かにとっての資産は誰かにとっての負債になる。

資産の山を築くことが正解にはなりえない。今後の混乱を予防することが大事であるのにも関わらず、資産の大小や年金の積立金の運用益ばかり目が向けられていることに強い危機感を感じる。


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●No.8|国債という名の病 - 後編(Link)約3,800字

twitter:kiki@kiki_project
note:kiki(持続不可能な社会への警鐘者)

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