海辺のKIKI
こんにちは、kikiです。 今回は台湾生活その後についてです。 2023年12月に台湾に戻り最初の1週間は母も一緒に台湾滞在をしていました。 2023年最後まで色々盛りだくさんなので今しばらくお付き合いください。 とある日、母を連れて近くの街のカフェでお茶をしていました。ミルクレープとコーヒーを注文し、まったりしていたところお腹の調子がおかしい、痛いぞっと思いトイレへ行きました。しばらく様子を見ても痛みが取れなさそうなので早めに家に帰ることになりました。 帰宅後も便秘なの
おはようございます、kikiです。 前回は台湾生活についてお話しました。今回は一時帰国してうつ病の治療をしていた時の話です。 2023年9月、鬱の状態が悪いので一時帰国して休養することになりました。具体的にどう調子が悪かったのかというと、朝目覚めた瞬間からどん底な気分で、どよーんとしている。日中もマイナス思考がつづき、未来に不安しかない。身体症状はほとんどないですが、不眠があるので睡眠導入剤を飲んで寝ます。 日本にいる間は実家に帰っているので家族に話を聞いてもらって心の安定
こんにちは、kikiです。 前回は台湾生活②をお届けしました。今回は一時帰国を経て2023年8月からの台湾生活です。 8月の台湾は毎日蒸し風呂で小籠包な気分です。気温35度、湿度が高いので体感温度40度越えの猛暑。毎日外に出るだけで滝のような汗が流れ出て不快感がヤバイです。 台湾についてすぐ日本で言うと在留カードにあたる居留証の申請をしました。台湾で生活する上でこの居留証は身分証になるので重要です。役所などお堅い場所でもフレンドリーに対応してくれるので台湾のゆるーい感じが好
おはようございます、kikiです。 前回はうつ病回復の経緯について書きました。今回は台湾生活がその後どうなったのかについてお話します。 2023年4月上旬台湾に戻りました。4月上旬の台湾はもうすでに暑く30℃を超える日もあります。戻った当初はやはり調子の悪い日もあって、まだまだうつ病の状態が安定しない日が続きました。具体的にどんな状態だったのかというと、マイナス思考になって台湾での生活がうまくいかないのではないかといった漠然とした未来への不安感だったり、緊張状態が続いて心が
おはようございます、kikiです。 前回は日本に帰国してからの生活をお届けしました。 今回は絶望感に苛まれた時からどうやって復活していったのかを書きたいと思います。 ひなまつりの日、家族に心配をかけて正気に戻った私は翌日大量服薬した後の身体に異常がないかを調べるために最寄りの内科医院へ駆け込んだ。 医者「今日はどうされましたか。」 私「昨日市販の風邪薬を60錠ほど飲んで汗がすごいでてきて、肝臓などの臓器に異常がないか血液検査で調べていただきたいんです。」 医者「どうして6
おはようございます、kikiです。 前回は台湾生活編をお届けしました。 今回はその続きの一時帰国の時の話をしたいと思います。 鬱状態になってから帰国した2022年の年末。 日本に帰国してホッとしたのも束の間、今度はどうして鬱状態に陥ってしまったのだろうと自分でもわからなくて辛かった。 あんなに毎日楽しく過ごせていたのに何が間違っていたの? 確かに少しハイになって毎日過活動になっていた自覚はある。 台湾の田舎での生活が真新しくてウキウキしていた。コーヒー農園で植物のお世話を
おはようございます。kikiです。 前回は日本で生活している時に発症してしまったうつ病について書きました。コロナウイルスの海外渡航制限が解除された頃、私は台湾へ行きました。当時付き合っていた台湾人の彼と一緒に生活するためです。 彼は実家住まいで父、姉、妹と同居しています。台湾では家賃が高いため社会人になっても実家住まいの人が多いです。 平日の日中は家の近所にある彼の親戚の家がコーヒー農園を経営しているので、そこでカフェの手伝いをしていました。コーヒーが大好きなので、実際に
おはようございます、kikiです。 数年ぶりにnoteにログインして過去に書いた記事を読み返してみると当時の記憶がよみがえってきました。 あれから4年たった今、私は台湾で生活しています。 毎日電動バイクに乗って田舎町に住んでいます。 洗濯や料理をして家事をこなしながら、空いた時間は中国語の勉強のために映画を観たり人と話したりしています。 この4年間どう過ごしてきたのかというと、適応障害からうつ病に診断が変わったことが大きな変化でした。今も治療中で病気と付き合いながらなんとか
こんばんは、kikiです。 毎日コロナウイルスのニュースが朝から晩まで流れていて地球の時計は止まっちゃったんじゃないかって気がする。早く終息して平穏な地球に戻って欲しいね。 日常の有り難みってこうやって失って初めて気づくことが多い。 適応障害になって初めて普通に朝起きて自分の思うままに行動できることがどれほどすごいことなのか解ったしね。 以前現地にて精神科を受診した時に適応障害+マリッジブルーも入ってるかもとの診断で帰国してからも家の近くの心療内科に行ってみた。国によ
こんにちは、kikiです。 前回適応障害の経緯について書きましたが、二回に渡る適応障害の後どうなったかについて書こうと思います。 帰国してからしばらくの間は前回同様気分が塞ぎ込み、何もする気が起きない状態だった。目が覚めたら絶望的な気分で、意識がある状態が苦しいもんだからひたすら寝た。毎日10時間くらい? 友達に会ったり、連絡を取って現状についてカミングアウトしてみたり、そして散歩することを心がけた。どんなサイトを見ても鬱病や適応障害には散歩等のリズム運動が効果ありって
こんにちは、kikiです。 現地に戻ってすぐに動悸がするのを感じたけど、不眠症はなかったので数日はいつも通り過ごせていた。今回戻った時に例えばどんな時に嫌だなって感じるのかを自分で検証してみた。 数日経った頃にまた前回と同じような病的な不安感や焦燥感、そして鬱々とした気分、そして不眠症も再発した。今後のことも考えて現地で精神科にかかってどういった対策をしていけばいいかを聞きたかった。私は移住してからこの日までの体調の変化や日本に帰国した際は症状が一切出ないことを伝えた。
こんにちは、kikiです。 今日は前回の続き、適応障害の経緯をお話しします。 適応障害を発症して帰国したのは年末の慌ただしい時期だった。母親にも緊急帰国するのを伝えていたのでお正月はゆっくり日本で過ごしたらいいよと優しく迎えてくれた。帰国した途端ホッとしたのか緊張の糸がほぐれて、それまで感じていた動悸や不安感、焦燥感は嘘のように消えて空港からのバスの中でうたた寝してしまうほどだった。その日から3日間毎日10時間以上泥のように眠って、余程疲れていたんだなって自分でもびっくり
こんにちは、kikiです。 今回は海外移住して適応障害を発症した経緯を書いていきます。 私が移住した国は某アジア圏の国で、お付き合いしている方が現地の人で、結婚を前提に国を跨いだ遠距離恋愛が2年を経過していたので同棲してお互いに気持ちが固まったら結婚するつもりで移住をしました。 最初の1か月は引っ越しの片付けや新生活で必要なものを買いに行くのに忙しくて、不安を感じる暇もなかったけれど、2か月目に入ると少し生活にも慣れてふとした瞬間に今まで気にならなかったことが気になるよ
適応障害になる人って大部分は仕事の人間関係が原因で病んだり、ブラック企業に勤めて休む間もなく働き過ぎて倒れてしまったり、そういう人が多い印象。私の場合は海外移住をして1か月で発症した。 今は日本で心身共に休めてエネルギーを蓄えながら、今後の一歩を踏み出す準備をしてるところ。 毎日色々な人のブログを参考にしながらどうやったら適応障害を乗り越えていけるか模索中。 それと同時に私と同じように環境変化から来る適応障害に苦しむ方と一緒に生きやすい人生に変えていけたらいいなと思う。