カンヌライオンズ2020/2021 レビュー - グランプリ受賞事例に見るソーシャルグッドの現在
カンヌではここ数年の傾向として、単にブランドの課題を解決するだけでなく、何らかのソーシャルイシュー(社会的課題)を同時に解決する「ソーシャルグッド」な事例がグランプリを受賞しやすい、というものがあった。
肌感覚としては、今年もその傾向は強かっていたような気がするが、実際のところどうだったのか。
カンヌライオンズ2020/2021の全部門のグランプリを見渡してみた。
本当にグランプリはソーシャルグッドが多いのか?
今年は全30部門から、のべ44件(ユニーク数で36件)のグランプリが誕生した。
なお、Burger King「Stevenage Challenge」のように複数部門でグランプリを受賞しているものは個別にカウントし、アウトドア部門のBurger King「Day 35」「Day 32」「Day 28」(いずれも「The Moldy Whopper」シリーズ)のようにシリーズで受賞しているものはまとめて1つとカウントしている。
■参考記事
Burger King「Stevenage Challenge」
https://note.com/uratetsu1028/n/n965f90bc9092#2Qymu
Burger King「The Moldy Whopper」参考記事
https://note.com/uratetsu1028/n/n2d1147310573#uXlu1
これを「ソーシャルグッド的なもの」と「ソーシャルグッド的でないもの」に分類すると、以下のようになった。
・ソーシャルグッド的なもの :のべ32件
・ソーシャルグッド的でないもの:のべ12件
ここで「ソーシャルグッド"的"」とボカしているのは、「ソーシャルグッド的でないもの」の中にも微妙にソーシャルグッド性を持つものがあるからだ。
たとえば、エンターテイメント部門のMatch Group|Tinder「Swipe Night」ではTinderでマッチング率を高めることに社会的意義がないわけではない。
エンターテイメント for ミュージック部門のLil Nas X「Old Town Road」には反人種差別のニュアンスが含まれているし、デジタルクラフト部門のEpic Games|Fortnite「Astronomical」には、コロナ時代のエンターテイメントを前進させたという意義を見いだすことができる。
■参考記事
Match Group|Tinder「Swipe Night」
https://note.com/kikakusya/n/nbb4685ed547c#qFFrF
Lil Nas X「Old Town Road」
https://note.com/uratetsu1028/n/nb17c96872e16#ztWgd
Epic Games|Fortnite「Astronomical」
https://note.com/kikakusya/n/nbb4685ed547c#yClC7
しかし、そういうことを言い出すと、ほとんどの事例がソーシャルグッドと見なせてしまうので、ある程度のところで線引きをした。
結果としては、グランプリのうち72.7%はソーシャルグッド的な事例が占めていた。
たしかにソーシャルグッドは高く評価されやすいようだ。
ただし、ソーシャルグッドといってもいろいろある。その中でも高く評価されるのはどのような施策だろうか。
ソーシャルグッドにまつわる3大トレンド
これまでの傾向としては、以下のようなものがあった。
「どのようなソーシャルイシューの解決を目指したものか」というテーマに関していうと、2018年は「ダイバーシティ」、2019年は「インクルージョン(インクルーシブ)」というキーワードが挙げられていた。
「ダイバーシティ」とは、多様性を認めようというコンセプトであり、ここ数年のカンヌでは特に人種差別や女性差別、LGBTQ+への差別に対抗しようとする事例が多く見られる。
一方、「インクルージョン」とは、多様な人がそれぞれの強みを活かして社会に参加できるようにしようというコンセプトで、カンヌでは特に障害者を支援する事例が多く見られる。
また、「ソーシャルイシューの解決に向けてどのように取り組むか」という施策の質に関していうと、2018年以降「ブランドアクティビズム」という概念が注目を集めている。
これは2018年にフィリップ・コトラーとクリスチャン・サーカーが共著書『ブランド・アクティビズム』(原題 "Brand Activism: From Purpose to Action")で提唱した概念で、本書の中では実用的な定義として次のようなものが与えられている。
Brand Activism consists of business efforts to promote, impede, or direct social, political, economic, and/or environmental reform or stasis with the desire to promote or impede improvements in society.
意訳すると、このような感じだろうか。
ブランドアクティビズムは、ブランド(企業)が社会の改善を促進または妨害したいという願望をもって、社会的、政治的、経済的、環境的な改革または維持を促進または妨害し、方向づけるための企業努力で構成される。
要するに、ブランドアクティビズムとは「ブランド(企業)が社会の変革や維持を目的として何らかの行動をとる」というようなことだ。
ダイバーシティ、インクルージョン、ブランドアクティビズム。
これがソーシャルグッドにまつわる近年の3大トレンドだったわけだが、今回とりわけ存在感が大きかったのはブランドアクティビズムだ。
今回の傾向
今回、グランプリを受賞した施策の中で、ダイバーシティに関連するものは、
・Essity|Bodyform / Libresse「#wombpainstories」(ジェンダー)
・シカゴ市「Boards of Change」(人種)
・Mercado Livre「Feed Parade」(LGBTQ+)
・Mastercard「True Name」(LGBTQ+)
・Nike「Nike Crazy Dreams」(人種)
・Starbucks「i am」(LGBTQ+)
の6件だった。
一方、インクルージョンに関連する施策は、
・BECO「#StealOurStaff」(障害者)
・Telenor Pakistan「Naming the Invisible by Digital Birth Registration」(IT弱者)
・The Big Issue / LinkedIn「Raising Profiles」(ホームレス)
・Unilever|Degree「Degree Inclusive」(障害者)
・Woojer「Sick Beats」(障害者)
・Warner Music「Saylists」(障害者)
の6件だった。
これに対し、ブランドアクティビズムに関連する施策は、17件にのぼる。
・H&M「H&M Looop」
・Notpla「Notpla」
・Heineken「Shutter ADs」
・Woojer「Sick Beats」
・Warner Music「Saylists」
・シカゴ市「Boards of Change」
・Telenor Pakistan「Naming the Invisible by Digital Birth Registration」
・Anheuser-Busch InBev「Contract for Change」
・Anheuser-Busch InBev「Tienda Cerca」
・Carrefour「Act for Food」
・Mastercard「True Name」
・The Big Issue / LinkedIn「Raising Profiles」
・Nike「Nike Crazy Dreams」
・Unilever|Degree「Degree Inclusive」
・Starbucks「i am」
・Doconomy「The 2030 Calculator」
・Central Office for Public Interest「addresspollution.org」
グランプリ受賞施策のユニーク数が36件なので、その半数近くはブランドアクティビズムに該当する施策だったことになる。
なお、Woojer「Sick Beats」とWarner Music「Saylists」はインクルージョンなのだろうかという疑問が浮かんだが、なんらかの障害を持った人が生活しやすくなるように支援する施策ということで含めた。
■参考記事
Woojer「Sick Beats」
https://note.com/kikakusya/n/n72655fc51b02#v8JHz
Warner Music「Saylists」
https://note.com/kikakusya/n/n07887378824c#hxIHX
また、ブランドアクティビズム、ダイバーシティ、インクルージョンというのはMECEな分類ではないので、当然上記のリストには重複が存在する。
「コミュニケーションからアクションへ」
このように、グランプリの半数近くがブランドアクティビズムだった。
この背景には、そもそもそういう施策が増えてきたということもあるのかもしれない。
ソーシャルイシューに対する意見や立場の表明にとどまることなく、解決に向けてアクションを起こしていくことが重視されるようになってきているのだろう。
これまで、ブランドコミュニケーションを設計する際は「What to Say(何を言うか)」や「How to Say(どう言うか)」を考えるのが基本だったが、これからはそれを発展させて「What to Do(何をやるか)」や「How to Do(どうやるか)」を考えていくことがスタンダードになっていくのかもしれない。
(否、すでにそうなりつつある気がする)
「ソーシャルグッド for エコシステム」
今回は、自社を含むエコシステムを意識したソーシャルグッドな施策も印象的だった。
・Carrefour「Act for Food」
・Anheuser-Busch InBev「Contract for Change」
・Anheuser-Busch InBev「Tienda Cerca」
・Heineken「Shutter ADs」
といった施策である。
これらの施策では、「自社」と「社会」という2重の輪ではなく、「自社」と「パートナー企業などを含む自社が属するエコシステム」と「社会」という3重の輪への意識が感じられる。
Carrefour「Act for Food」とAnheuser-Busch InBev「Contract for Change」では、自社の周りに農家や畜産家を含むエコシステムがあって、その外側に生活者がいる。
Anheuser-Busch InBev「Tienda Cerca」とHeineken「Shutter ADs」では、自社の周りに酒販店や料飲店を含むエコシステムがあり、その外側に生活者がいる。
■参考記事
Carrefour「Act for Food」
https://note.com/kikakusya/n/n0edac7565a45#O5y1w
Anheuser-Busch InBev「Contract for Change」
https://note.com/uratetsu1028/n/n83141e696203#QjCut
Anheuser-Busch InBev「Tienda Cerca」
https://note.com/uratetsu1028/n/n965f90bc9092#ecLJG
Heineken「Shutter ADs」
https://note.com/uratetsu1028/n/n2d1147310573#uXlu1
これにはコロナ禍の影響も見られる。
「Tienda Cerca」と「Shutter ADs」は、いずれもコロナ禍でエコシステム全体が打撃を受けたのに対して、その中の1つ企業が立ち上がったという構図になっている。
特に「Shutter ADs」ではその後、ほかのビールブランドにも取り組みが広がるという美しい動きが見られた。
「ビヘイビアチェンジ」と「リーガルチェンジ」
「ソーシャルグッド for エコシステム」が「広いソーシャルグッド」なら、「ビヘイビアチェンジ」や「リーガルチェンジ」は「強いソーシャルグッド」だ。
人々の日常的な振る舞いをよりよい方向へ変える「ビヘイビアチェンジ」は、しばしば「PRにおける究極的な目的」とも言われる。
また「リーガルチェンジ」というのは、人々の振る舞いを規定する存在である法を変えることで「ビヘイビアチェンジ」を達成しようとするアプローチのことを個人的にこう呼んでいる。
今回でいうと、Telenor Pakistan「Naming the Invisible by Digital Birth Registration」はパキスタンにおける出生届の仕組みを変え、Carrefour「Act for Food」はEUにおける農作物の種に関する規制を変え、Central Office for Public Interest「addresspollution.org」はロンドンにおける不動産売買や賃貸の仕組みを変えた。
Doconomy「The 2030 Calculator」は、様々な商品に二酸化炭素排出量という尺度を持たせることを促進し、人々の購買行動をより環境負荷を減らす方向に変えようと挑戦している。
■参考記事
Telenor Pakistan「Naming the Invisible by Digital Birth Registration」
https://note.com/kikakusya/n/n07887378824c#dKb7Z
Central Office for Public Interest「addresspollution.org」
https://note.com/kikakusya/n/n42fb6f7d12a1#l8ppg
Doconomy「The 2030 Calculator」
https://note.com/kikakusya/n/n0ae1cf17958e#e77OG
「ビヘイビアハック」と「リーガルハック」
これは本質的にはソーシャルグッドと関係ないが、人々の振る舞いや法を変えるのではなく、人々の振る舞いや法をハックしようとする施策も印象に残った。
特に巧みだと思ったのは、Central Office for Public Interest「addresspollution.org」だ。
ロンドンを20メートル四方に600万分割して、各スポットの大気汚染度を可視化することで不動産の所有者や買い手や借り手の振る舞いをハックし、大気汚染の改善に向けて行政に働きかけるよう促している。
また、グランプリ受賞事例ではないが、PR、ソーシャル&インフルエンサー、デジタルクラフトの3部門でゴールドを受賞するなどした国境なき記者団「The Uncensored Library」では、バーチャルワールドを舞台とすることで、フィジカルワールドに存在する法の規制をくぐり抜けている。
■参考記事
国境なき記者団「The Uncensored Library」
https://note.com/kikakusya/n/n7d5065cce0fb#qJV4g
「ソーシャルグッド・ネイティブ」
ソーシャルグッドに取り組む企業の中には、元々行っていた事業と相性のよいソーシャルイシューを後付けで探してきてマッチングさせるパターンも多いのではないだろうか。
これに対し、そもそも特定のソーシャルイシューを解決するために立ち上がった「ソーシャルグッド・ネイティブ」ともいうべき企業は、シンプルで明快だ。
スウェーデンのフィンテック企業Doconomyは「すべての人々に持続可能なライフスタイルを可能にする」というビジョンを掲げていて、今回受賞した「The 2030 Calculator」の前にも、購入した商品のCO2排出量が一定値に達すると利用制限がかかるクレジットカード「Do Black」を開発している。
後付けのソーシャルグッドには、どこか話題化のためにやっている感がただようものもあるのだが、ソーシャルグッド・ネイティブな企業の取り組みにはそういう感じがなく、清々しい。
ソーシャルグッドへの傾倒は必然。
ただし、グランプリの偏りに注意
ここまで各部門のグランプリ受賞事例を通して「ソーシャルグッド」の現在を見てきたが、先日、今回のカンヌライオンズで審査員を務めた方と話をさせてもらう機会があり、そこで以下のようなことを聞いた。
ゴールドまでが出揃って、さあどの事例がグランプリとしてこの部門を代表するのにふさわしいだろうとなったときに、ソーシャルグッドな事例とそうじゃない事例の2つが候補にあったとすると、ソーシャルグッドな事例が選ばれやすい。
これは聞いてしまえば、そりゃそうだよねと思うような話だが、うっかり見落としがちな重要なポイントだと思う。
この記事の冒頭で、グランプリの72.7%がソーシャルグッドだったと書いたが、その影には「グランプリに匹敵するような、ソーシャルグッドじゃない事例」がごろごろと潜んでいることだろう。
ソーシャルグッドやブランドアクティビズムへの傾倒は一時的なムーブメントではなく、社会の成熟に伴う必然的な流れだと思う。
ただし、カンヌに限らず、アワード受賞事例のケーススタディを行う際はこの偏りには注意しないといけない。