火[poi]
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生きている気がする…
何度見ても、あれは生きている気がする。
このところ、大学でやることが増えて、帰る頃は10時を回ってしまっていた。
大学から最寄駅までの遊歩道は、最近作られたであろうモダンなデザインをしており、夜になると街路灯がランウェイのように先を照らす。
帰り道、光の下を歩く中、ふとそれに気づいた。
どうも、1本だけ、様子がおかしい。
何も考えずぼーっと歩いていたのに、それを横切った瞬間、自分でも意識しないまま立ち止まってしまった。
頭より先に、体がギョッとすくんだのだ。
振り返った先には、何の変哲もない街路灯が1本、お行儀よく並んでいるだけだったが、同じ規格で並んでいるせいで、寧ろその異常さが浮き上がるように際立っていた。
1本だけ、
生きている…
説明し難いが、生きているものには生きている存在感というものがある。
生きているものはコンマ1秒目にしただけで、フラッシュバックのように生きているという圧倒的な印象を残す。
体温の、実時間の、生の印象。
私はその街路灯から目が離せず、しばらく立ち尽くしてしまった。
なぜ生きているんだろう。
最初こそ、雑踏の中、こちらをじっと見る女に気づいたような恐怖があったが、その立ち姿から敵意は感じられなかった。
かといって上から目線に観察している風でも、慈愛を持って見守っている風でもなく、ただ無垢に、虫のようにそこにいた。
生まれた時からそういう生き物、といった佇まいだ。
だとしたら、私がその生き方を否定したり、告発したりする言われはない…。
それから毎日通りかかるたび、1本だけ命を光らせているそれに、私は少し立ち止まる。
動くわけでも、瞬きするわけでもないが。
ただ生きているな、という確認をせずにはいられなかった。
生きていると分かった途端、同じ生き物として親近感が湧いてしまったのだ。
明るいうちは眠っていて、夜になると煌々と光る。
動き自体は他の街路灯と全く同じで、自分以外、誰も気づいていないようだった。
なぜここにいるのか。どんな生き物なんだろうか。
もしかして、他にもたくさん同じ生き物がいて、普段は私も気づいていないのだろうか。
私がこの街路灯だけに気づいたのなら、それは恋のようにも思えた。
「お前なんかあったの?」
知らず知らずのうちに挙動不審になっていたらしい。
昼時、友人になにやらフワフワした質問をされた。
行き帰りの時間が合わないから、立ち止まるのを見られてはいないはずだが…
「用事終わったら直帰!ってタイプなのに、やたら残ってんな」
彼は中学からの付き合いで、他の人が気づかないような些細な変化にも鋭い。
とはいえ、どうアレンジしても誰かに話せる内容ではなかった。
正直に話せば、おかしくなったと思われるだろう。
嘘をついてもバレると考え、「もうすぐ発表だから、何かやってないと落ち着かなくて」
ともう一つの本当を言うことにした。
「わかる」
誤魔化せたのか、あえて掘り下げなかったのか、LINEスタンプのような相槌に拍子抜けしたが、
不思議と、5年か10年経ったとき、酒の席で話してもいいな、という気持ちにさせた。
今言ったって、きっと、彼は真面目に聞いてくれる人だ。
街路灯は毎日、怒りも笑いも、話すことも動くこともなかったし、私も話しかけたりはしなかった。
そういう愛情表現もあるだろうが、話すというのは私のコミュニケーション方法であって、街路灯に押し付けることではないような気がした。
そもそも、喋ったり笑ったりする生き物の方が少数派じゃないか。
街路灯は喋らないし、食べてるようにも見えないし、見ることすらしていないかもしれない。目がどこにあるか、どころか、目が無いかもしれない。
だとしたら、私は見るというコミニュケーションを一方的にぶつけていることになる。
人間はつくづく、見る生き物だ。
私も好きなものを見ることだけは控えられなかった。
そして、その日は来た。
その頃は、忙しい時期も過ぎて、明るいうちに帰ることが多くなっていた。
嬉しいこととはいえ、街路灯を横切っても見かけるのは眠っている姿ばかりで、少し寂しい。
いつも通り校門を出て、未来的な遊歩道をゆっくりと歩く。
いよいよ近づいてきたと思ったら、何か…いつもと空気が違った。
確かにこの街路灯のはずだ。
この数ヶ月で位置もぴたりと覚えている。
なのに何故だ、この感じ、眠っているわけじゃない…
私は居ても立っても居られず、街路灯が点く時間まで大学で待つことにした。
カフェテラスに居座って、もう完成したレポートを意味なくいじったり、この遊歩道のできた時期を調べたり、
生物が無機物の形を取ることがあるか調べたり…(怪しげなサイトにたくさん連れて行かれただけだった)
時間が経つにつれ、あの街路灯のことばかりが浮かぶ。
2時間ほど過ぎると日も落ちてきて、ぽつりぽつりと大学の街灯が点き始めた。
街路灯を確認しに行かなければ…
待っていたくせに気が進まなくて、近づけば近づくほど、足がどんどん重くなった。
さっきは見間違えたのかもしれない。
他のものと勘違いした可能性だってある。
言い聞かせてみても、実際、そんなことはあり得なかった。
これが、それだった。
人間と同じように、他の生き物と同じように、もう火は灯らない。
こういう時、どういう作法を持つ生き物なのかすらわからない。
というか、おそらく作法を持たないと思われる。
ならば私の作法を、私のためにやってもバチは当たらないだろう。
休み明けにはもう、管理の人が電球を変えていた。
明日も明後日も、この道を学生が通る。
「あんなところに花とかあったっけ」
「無かったと思う」
「なんか事故?」
「わかんない、怖」
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