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いつだって私はわがままで、空の色をかき混ぜる。

忘れられない匂いがある。

それは雨の匂い。それは草の匂い。それは土の匂い。それは汗の匂い。それはスニーカーの匂い。それは髪の匂い。それはボールの匂い。それは太陽の匂い。それは午後の匂い。それはコンクリートの匂い。それは、名前も知らない、花の匂い。

光の粒で水面が濡れる。川は明日へと流れてゆく。ゆらゆら、ゆらゆら。電車が真っ赤な橋を渡る。向こうには街がある。静かで賑やかで暗くて明るいあの街で、きょうも風が薫っている。

私はどこかへ行ってみたいし、どこへも行きたくない。布団の上で眠っていたいし、グラウンドで走っていたい。

「あ、空の色だ」

川岸に咲く花を見て、きみは言った。

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腕時計が光っている。ギラギラと光っている。光がグラスを貫く。眼球を突き刺す。私はまばたきをする。どこからか、「乾杯」という声がきこえた。

今、なにを見ていますか? どんな匂いがしますか?

あなたは流れるようにすらすらと、どうでもいい話をする。頭をこつんと前に突き出し、虚栄心の佃煮のような話をする。ドアのレールに溜まった埃よりもどうでもよかった。だからずっと、グラス越しに眺めていました。ふにゃりと動き続ける口と、その周りの乾いた空気を。

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言葉が宙を舞いました。グラスに当たって割れました。粉々になりました。ごめんなさい、ごめんなさい、どうでもよくって、ごめんなさい。こんな人間なんです。私はこんな、生きものなんです。あなたは一体、だれですか。

「何色の空が……好きですか?」

私が訊くと、あなたは突然むっと黙って、それからふっと笑った。苦々しく、笑いました。どうでもいいみたい。

私の言葉はパリンと砕けて、グラスの中に落ちました。

目の前の液体は、まだちゃんとうつくしかった。きみと葡萄畑に行ってみたい。

シャンデリアが揺れている。

「おめでとう」「おめでとう」
皆が言う。私も言った。部屋中がおめでとうでいっぱいになる。泳ぎ方を私は知らない。

ドレスの裾がひらりと舞う。真珠がじっとり床に垂れる。肉と野菜がお行儀よく並ぶ。フォークが甲高い音を立てる。あの人もあの人も、魚みたいに口をパクパクしている。壁の内側でスイスイ泳ぐ。私は魚になりたいし、なりたくない。

なにを見たらよいのでしょう。なにを聴いたらよいのでしょう。ここにはモノがたくさんあるのに、色がたくさんあるのに、音がたくさんあるのに、ぜんぶ、ない気がしてしまう。私はひとつをじっと見たいし、微かな音に耳をすませたい。

唇に脂をつけたまま、部屋のすみっこに流れていった。銀色のドアを開ける。

「あ、空の色だ」

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花瓶に薔薇が咲いていた。

もしきみがここにいたら、「今夜は満月らしいよ」と言うのだろう。

だから私は、外へ飛び出し、夜を集めた。夜の匂いは、青かった。透明な青が冷たく光る。月は赤く熟していた。りんごみたいにまあるく滲んで、孤独なんて知らないと言う。ほんとのことは、だれも知らない。

人は、満月みたいにゃいかないんです。でも。

私は空をかき混ぜた。ぐるぐると。ぐるぐると。

丘を登る。薄暗い。緑の気配に包まれる。

息遣いがきこえる。心臓の音もきこえる。草が擦れる。滴がはじける。歩く。歩く。息をする。また歩く。明るいほうへと、歩いていった。

「帰ってきたんですか」
「ええ、帰ってきたんです」

丘の上で、黙って空を待った。きみも私も、黙って待った。どこかで鳥が唄っている。

校庭が光を帯びる。光で満ちる。色の名なんてどうでもよかった。

私はあの土の上を走っていた。あの山をずっと見ていた。あの道をひとりで歩いていた。あの川辺をきみと歩いていた。あの花をきみと見ていた。思い出せたらそれでいい。戻れなくても、淡く霞んでも、いつか消えてしまっても。

朝の匂いが立ち込める。夜が静かに溶けていった。

風を深く、深く吸い込む。

「空の色ですね」
「ええ、空の色です」

朝日が街を照らしていた。

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写真提供:宿木雪樹(https://note.com/yadorigiya
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写真からイメージした風景と感情を言葉にしました。詩と、エッセイと、小説の狭間のような文章になりました。宿木雪樹さん、貴重な機会をありがとうございました。

#colors


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