小説|ピリオド case1
人生100年時代ーーーー
そう世に広く言われ始めた2020年代から時を経てこの国では人口減少と高寿命化の経済的アンバランスを乗り越えたのち、長すぎる寿命に自ら終止符を打つ権限が与えられるようになった
それは25歳の”第二の成人”に通知によって知らされる
通知を受けて以降、100歳までに申請をすれば自分の寿命を決定することが出来る
•申請は一度だけ
•申請の取り下げは認められない
•申請日の前に病気や事故により寿命が早く尽きる場合もあることを考慮の上申請すること
•申請には1人承認者が必要
•最終日に自ら申請した『虹の家』へ向かうこと
朝7:00にアラームが鳴る
朝ごはんを食べる
一人暮らしだけどごはんに味噌汁、卵焼きなどなにかおかずを添えてちゃんと食べる
8:00から部屋で仕事を始める
私の仕事はヨガインストラクターだが基本はオンラインレッスン。イベント時だけ外で開催している
昼食はいつも同じカフェでいつも同じセットを頼む。クロワッサンとスムージー。
仕事は17:00に終わって夜はご飯を作るか外食。
22:30に就寝
一般的に言えばストレスが少なく、給料が高いわけじゃないけど充実した生活ができていたと思う。
働き始めて5年、25で第二の成人通知を受けたのち、すぐに申請に行った
希望日は30歳の誕生日
何故わざわざ赴かなければいけないか、疑問に思いながら猛暑の中歩いて行った
理由はすぐにわかった
申請が受理されると注射のようなものでマイクロチップが埋め込まれる
いわゆる寿命操作の機械のようなものだった
承認をお願いした学生時代の友人には最初反対された
30なんて若すぎる、と。
だけど私は父も母も事故で失っていたし
彼氏がいるわけでもなく
深く信頼できる友人がいるわけでもなかった
ひとりで生きていくんだったらあと5年で十分、あと5年を一生懸命生きると伝えると
その友人は承認してくれた。
決して私がいるよなどとは言わなかった
1人は楽だ
誰かに合わせる必要もなく
面倒をかけることも見ることもなく
自分のペースで生きていく
仕事はしているが都度変わっていく生徒たちにとって私が行うレッスンもAIレッスンでも変わりないだろう
だけど1人で生きていくには限界がある
そしてそれが長いと予想されては
終わりのないこの毎日が怖かった
そんな時に受け取った通知
期限を決めたら毎日一生懸命生きていける気がした
そしてそれからも毎日似たような生活を繰り返した
そしてやっと明日は虹の家に行く日なのだ
自分の選択に後悔は無い
変わり映えのない平和な毎日をちゃんと生きた
果てしない繰り返しから解放されるんだ
今日がその最後の日
朝7:00にアラームが鳴った
朝ごはんを食べた
ごはんに味噌汁、今日は鮭と卵焼きとほうれん草のソテーを食べた
8:00から部屋で仕事を始めた
私のレッスンは今日で最後だと伝えた。
昼食はいつも同じカフェでいつも同じセットを頼んだ。クロワッサンとスムージー。
だけどここも最後だと思って追加でチーズケーキを頼んだ。
「あら、珍しい。何かご褒美とかですか?」
驚いて顔を上げた
生きていたら母の歳くらいのふくよかなあたたかみのある女性
今日のレジにはバイトの子ではなくここのオーナーが立っていた
「ええ、私今日で最後なんです」
「そうなの??お引越しか何か?」
「ええ、そんな感じです。」
「まあ。寂しくなるわ。1番の常連さんがいなくなっちゃう。明日もこの先もずっと毎日、当たり前のように来てくれるものと思ってしまっていたわ。遠くに行っても応援してるから気が向いたらまた来てね。」
「ありがとうございます」
クロワッサンはいつも通り温かかった
何も言わずに温め直して毎回出してくれていたことに思い当たった
私は10年ここに通っていた
あのひとがオーナーであることもいつのまにか知っていた
初めて食べるチーズケーキは濃厚で口一杯に幸せを感じた
スムージーは搾りたてで今日はレモンが良く効いていてチーズケーキによく合った
毎日の私の体をつくっていたエネルギーはここにあった
同じメニューに少しずつ加えられていったカフェの配慮
ひとりではなかった
ささやかな思いやりの中に私の日常はあった
それに気づけて良かった
「ごちそうさまです。またいつか来ます」
来れないけど。
でもまた来たい。
case1
#ピリオド
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