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キイコは ウエハース を食べた

う ウエハース シュレディンガーのウエハース

幼い頃に抱いていたウエハースのイメージは「父が好きなもの」だった。


別に毎日食べていたとか、常に家にあったとか、そういうことは一つもなかったけれど、ただ、父が「ウエハースが好き」と言っていた。その輪郭だけは覚えている。


そもそもウエハースは家で食べるにはなかなか不向きなお菓子だと思う。簡単に割れ、袋を開けるとポロポロと粉がこぼれ、湿気に弱いのに食べる時には水分がほしい。しかも高級お菓子の分類ではないか。子どもがいる家にあるウエハースは頑張っても薬局でもらえるカルシウムが入ったバニラ味のウエハースくらいだろう。


と、思っていたが書いていて思い出したことがある。カードがもらえるウエハースがあるではないか!確かカードと同じくらいのサイズにウエハースが入っていたはずだ。あまりにも自分で買うことがなくて忘れていた。ガムが入っていたものはよく買っていたのに。となると、私が知らないだけですでにウエハースを何百枚と食べている同い年がこの世のどこかにはいるのだろう。もし近くにいたら教えてほしい。


ウエハースを見ると、食べるまでウエハースではないかもしれない、という不安が頭をよぎる。目の前の“それ”に丁寧についた網目模様、きっちり切られた四角い形。これはレンガかもしれないし、ウエハースかもしれない。持ったらすぐ粉々になる砂の板かもしれないし、定規のようなプラスチックの板かもしれない。空気を四角く固めただけような軽さも私の不安をさらに煽る。形はあるのに質量がない分、いったいこれは何でできているんだ、これはウエハースなのだろうか、という気持ちが増していく。不安を目いっぱい募らせた上で食べる“それ”のサクッとした音と何ともいえないぬるいクリームが、これはウエハースだぞ、と私を安心させる。シュレディンガーの猫という言葉があるが、私にとってはシュレディンガーのウエハースの方がずっと身近だし、ずっと不思議なものである。


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