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キイコは 赤いきつね を食べた

あ 赤いきつね


風邪をひいた時、インフルエンザで早退した時、いつも病院の帰りに母が買ってくれたのが赤いきつねだった。


線ぴったりに入れて作る出汁、ゆっくり食べるからだんだん柔らかくなるうどん、甘い油揚げ、うすいかまぼこ、丸いたまご。欠かさずにインフルエンザにかかる子どもだった私は、あの甘い油揚げと薄いかまぼこの赤いきつねが風邪っぴきの味だと思って、日常生活で食べることはなかった。


カップ麺のきつねうどんというと他にも様々あり、なんとなくタイミングを逃したお昼に食べることはあったものの、赤いきつねだけは風邪をひいた時にしか食べなかった。赤いきつねを食べる、それが私にとって風邪をひいた証であり、ここから治すぞ、という決意になっていた。頭がぼおぉっとしたまま、目の前のうどんをぐんぐんと啜って油揚げにかぶりつき、出汁まで飲み切る。メガネを曇っても、汗をかいてもお構いなし。ただでさえ考えるほど頭が働いていない自分に与えられた指令は「赤いきつねを食べ、元気になれ」だけだった。


小学校を卒業してからはそれまでの体質が嘘のように風邪を引かなくなり、熱も出さなかった。久しぶりに赤いきつねを食べたのは大学2年生の秋、地球史に残るような感染症に罹ってしまった時だった。病院で診断書をもらい、ぼやけた視界と体が数ミリ浮くような感覚の中、私の頭を巡っていたのは「赤いきつねを食べ、元気になれ」というあの指令。ドラッグストアで赤いきつねだけを買い、ぼこぼことお湯を沸かし、線ぴったりにお湯を注ぐ。久しぶりの対面だというのにそんな感動などする暇もなく食べるその味は、この機会を待ってくれていたかのように変わらない甘い甘い味だった。


なぜ、母が最初に赤いきつねを買ったのかは今でもわからない。でもこれからもずっと、赤いきつねは、風邪っぴきの味。

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