■こんにちは、わたしは森きいこです 東北地方出身。今回の創作大賞2024 新潮文庫nex賞(メディア賞)をいただきました。 株式会社ツクリゴトに所属し、主にコンテンツ作成及び総務を担当しています。 この機会に今回の経緯や心の動きをまとめてみました。 お付き合いくださいますと幸いです。 ■19年前、「小夜子」になりたかった はじめて小説らしきものを書いたのは中学生のころ。 2000年に放映されたドラマ『六番目の小夜子』に影響されまくり、髪の毛を伸ばし、ミステリ
わたしが久しぶりに、香菜子先輩と樹音さんと会ったのは、あの事件のふた月ほどあとのことだ。 まだ樹音さんは折れた骨をギプスで固定していた。痛くはないと言っていたが、香菜子先輩は「こんな調子で動き回るから、一向に骨がくっつかない」とため息をついていたのを覚えている。 彼らは、わたしに光里の最後を教えてくれた。 彼は、血道の親族とともに、崩壊した屋敷の中に取り残されたのだと。 何を言っているんだろう。 おかしな話だ。 遺体も見つかっていないのに、死んだなんて。全焼した
体が全く動かない。 目を覚ました時、樹音は真っ先にそのことに違和感を覚えた。無理やり体を動かそうとし、香菜子がひょっこり顔を出したことに気づいた。 「動いちゃだめだよ、樹音くん、足と肋骨折ってるから」 「わぉ」 「麻酔はもうずいぶん前に切れてるけど、大丈夫?」 「大丈夫、動きにくいな~くらい」 香菜子自身、頭に包帯を巻き、大きな内出血が見える。 「おれより、香菜ちゃんのほうがひどそう」 「何言ってんの。鏡見れてないからわかってないだけで、樹音くんは雑巾みたいだよ」 「そ
私の歩いた道は、人から見たら恵まれていたのかもしれない。 愛のある家でした。 父も母も祖母も、私を愛し、私も彼らを愛しました。善良なる彼らは心を砕いて育ててくれました。 でも、どうしてでしょうか。私の足は重い鎖に縛られたようで、自由にもなりません。 でも、どうしてでしょうか。私には轡がつけられ、叫ぶことも許されません。 どうしてでしょうか。 どうしてでしょうか。 誰もが、私を見て務めを果たせと叫ぶのでしょうか。 私を縛り付け、私を苦しめるのは、どうしてでしょ
阿鼻叫喚。 地獄絵図。 座敷を開けた途端、目に入ってきた光景を見て、樹音はこのふたつの熟語を思い浮かべた。 「うが……ぎぃ……」 宴会のテーブルはひっくりかえり、オードブルの料理は散乱している。 席についていた男たちは口から泡を出して倒れていた。もだえるさまは、宗教的な舞踊にも見えるほどだ。 「うわぁお」 「なに? 樹音くん」 怯えた香菜子の声がする。樹音に小脇に抱えられたまま、香菜子は、しきりに周囲を気にしていた。 ちらりと見た香菜子の目の焦点は、きちんとあっ
客間と言われて案内されたのは、二階だった。 増築されて作られたそこは、茅葺屋根の部分を改築したのだろう。天井の部分は一部が斜めになっている。 「すごいねえ、茅葺の部分がトタンなのは、重さのため? 瓦だと重すぎるのかな?」 建物のつくりを見ていた樹音がのんきに尋ねる。 「恐らくそうでしょうね。瓦の家もありますけど、ほかでは家ごと建て替えているところがほとんどです」 美国は答えながら、二階の一室の扉を開けた。 目の前にあるのは、書院つくりの和室だ。床の間に掛け軸がかけら
同日、大山家座敷。 「おお、なんだなんだ、お客さまか」 壮年の男性が大きな声で言った。 大広間とも呼べるような大きなお座敷に、長方形の座卓をいくつも並べて、それを二十人近くの男女が囲んでいる。 全員、どこか雰囲気が似ていた。大山家の人間だということが分かる。親族だ。 美国以外は普段着だが、ふるまわれている料理はオードブルだったり、てんぷらだったり、ごちそうだ。 それぞれ和やかな雰囲気ではあるが、香菜子と樹音を振り向く目には明らかによそ者への警戒が見て取れる。 上
宴会だ。 あの家があんな風に行事ごとでもないのに集まる時、決まっておかしなことが起こる。 里子は庭の片隅、遠巻きに集まった車を見ていた。 大山里子。彼女の家の屋号は小山で、五代ほど前に大山本家から財産分けしてできた分家だ。 大山のマケの人間で、御山には暮らしているが、大山の血道の人間ではない。 里子の家にも血道の親戚はいるが、あの家のように濃い付き合いはしていない。あんな風に行事にあつまって、宴会をひらき、儀式めいた供養なんてしない。 仕方ない。あの家は、そうい
翌日、東北地方。 何も知らなければ、美しい風景だっただろう。 大山家のある東北の寒村は、緑の稜線に縁どられた青々とした空が、一面に広がっている。 山間の平地には、ずらりと等間隔に田んぼが並んでいた。 樹音が運転する車は、定規で引いたようにまっすぐに伸びる農業用道路を走っていく。 延々と続く田んぼはきちんと手入れされているのに、誰ひとり姿が見えない。 あるのは、ゆらゆらと揺れるマネキンの首だけだ。女性の首が、農業用の帽子をかぶって揺れていた。 高速道路を車で数時
『怪異』が産み落とした中野新苗は血の色の何かで汚れていたので、樹音は風呂場に投げ込み、シャワーでそのまま洗い流した。 香菜子は中野新苗の着替えをするころには、かなり落ち着いていた。 先ほどまで、大山美国がいた客間のベッドに、今度は中野新苗を寝かせて、樹音は彼女の容態を確かめた。 香菜子はすぐそばの椅子に腰かけて、樹音に声をかけた。 「中野さん、どう?」 「んー、脈拍も問題ないし、血圧も体温も大丈夫。血中酸素濃度もしっかりしてるし………ひとまずは目を覚ますまでは様子見かな
大山美国の話 何を間違ったのだろうか。 私は、壁を眺めながら、ぼうっと考えていた。何を間違ったのだろう。私は、何か過分なことを望んだだろうか。 六畳ほどの座敷牢には、板の間を改築した汲み取り式の和式トイレがある。廊下に面した格子は片腕を出すことはできても、顔を出すことはできない。 細い細い格子。 こんなものが、どうして家のなかにあるのか、ずっと不思議だった。 ──あねさま 白内障が進み、白く濁った目で私を見つめる老婆は、食事を差し出しに来る私を祖母と勘違いして
「大山! 何やってんの!」 香菜子の悲鳴に、樹音はベッドから飛び起きた。 廊下に出ると、すべての照明がついていた。 光里は、誰かと会話をしているが、相手の声が全く聞こえない。警戒する鈴の音で、すべてがかき消される。 「香菜子!」 樹音は、彼らに走り寄ろうとする香菜子の襟首をつかんで、無理やり引っ張った。 「何が起きてる?」 樹音には見えない。 分かるのは、鳴らないはずの鈴が、攻撃的に鳴り、侵入を告げているということ。 それだけだ。 「入ってきてる、ふたりの背中に
遠野家に隠れて数日経ったが、光里も美国もまだ落ち着いて過ごせていた。 あてがわれた客間は、布団と慎が持ってきてくれた私物でぎゅうぎゅうだが、過ごすことに不便はない。 樹音も香菜子もいない部屋で、光里は考え込む。 姉である美国のことが、羨ましくなかったと言えば、うそになる。 いつも、期待されるのは美国で、しかも、美国は大抵のことを努力しないでこなせるタイプの人だった。 光里と違う。光里は、美国の何倍も努力しても、ようやく人並だった。 誰もが美国に期待した。光里はい
マグカップを手に樹音が部屋を出ると、美国を封じた客間の前に香菜子がいた。彼女は彼女で、ビーズクッションに半分寝るように座り、学術書を読み込んでいた。 「何もない? いまのところ」 「んー。ない」 香菜子は学術書から顔を上げずに言った。 「なら、よかった」 「樹音くんの方は? コップ割れたりした?」 「してません」 シンクにマグカップを置いて、樹音は笑う。 確かに、以前香菜子に何かあった時に、コップが割れたことはある。双生児にはそういう不思議な現象が起こるという話は聞い
樹音は大山美国を車いすのまま、自宅に連れて行った。あいにくとバリアフリーではないので、階段では樹音が抱えて上るしかなかったが、ぞっとするほどやせた彼女は簡単に運ぶことが出来た。 今、大山美国は客間に隔離している。清めて、『何か』から見えないように閉ざした場所。 完全に安全とは言いがたいが、相手の正体がわからない以上、手元に置いておく以外の手は打ちにくい。 帰宅した樹音は、自室にこもって大山美国から受け取ったカウンセリング記録や、心理検査の結果を総ざらいした。彼女は退院
遠野病院精神科病棟 大山美国カウンセリング記録 【三月一六日 晴れ】 本人のみ 着衣や清潔維持に問題なし。自傷行為の痕跡(頭部のあざ、腕のひっかき傷等)あり、個室にて保護のため、身体拘束 痩せた雀の死骸があって、なんでこんなところに……と思ったことを覚えています。 すみません、いきなりこんなことを……ええと、そうですよね、わたしがどうして監禁されたか、ですよね。……ええと、私の名前は大山美国です。大きな山に、うつくしい国で、みくに。 そうですね、自由にというと、不