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大手企業のビルを見ると思い出すこと。

27歳のときだったか。

横浜本社の企業の北海道支社の立ち上げに参加した私は、ひたすらに企業に営業をしまくった。

暑い日もネクタイを締めるという謎のこだわりを持ち、社長たちに「あなたたちが変わらないと北海道は変わらないんです」と熱意だけで説明し、来る日も来る日も営業をしていた。アホめ。

人材系のWebベンチャーである。

もちろん、大手企業ではなかった。



当時の私はどちらかというと、

「ん? リクルートさん? ほーーん」

ボケ

と思ってるようなイタイ奴だった。


リクルートは素晴らしい会社だ。会社も素晴らしいが、中にいる人ももちろん素晴らしい。

本当にそう思ってる?

じゃむむさん、どうすか?



本社からマネージャーが出張で北海道にくる機会があった。40代の男性で柔和な方。

腕時計にオメガを巻いていて、私にとってのオメガの目撃は、この男性マネージャの右手首が初めてであった。

だいぶむかしに書いた「イトーくんは、挫折を挫折だと認識していないんじゃないかな?」と言ってくれた方である。



1泊2日で札幌にやってきたマネージャーを連れて、日中は一緒に企業をまわった。3人くらいでまわった気がする。

同じことの繰り返し。

あー、疲れた、と言って日が暮れる。季節は秋。



食事に行こうということになった。

出張先のたのしみといったら、その地方特産のおいしい食べ物、そしてお酒。これを口に放り込みながら、仕事の話をすることのなんたる楽しいことか。

例に漏れず、
私たちも札幌市内の居酒屋へ行った。


仕事のこと、人生のこと、これからのこと。

当時の私は「北海道を変える」という一点だけで仕事をしていて、それは若さからくる土台ムリな話なんだけど、マネージャーはうんうん聞いてくれた。柔和だから。

私の話もそこそこに、マネージャーが何を考えて仕事をしているか聞く。


細かいことは忘れたが、マネージャーが何を大切にしてこの仕事をしているかを聞いて、私は安堵したことを覚えている。この人はこの社会を推し進めるために仕事をしているのだ、と認識できたのである。


札幌から遠く離れた横浜で、同じ志で働く上司がいることに、うれしくなるあたり、私も若い20代だな、と今なら思う。



おもしろかったのは、その帰り道である。

2人で札幌市内の大通公園を歩いた。
時刻は23時をまわっていた。

秋の涼しい風が通り抜けて、
お酒でほてった体を冷やしてくれる。

大通公園というのは、札幌市内の中心部にある。
経済のど真ん中。周辺には大きなオフィスビルが立ち並ぶ。


平日の23時である。


「大通ビッセ」という巨大な商業オフィスビルが見えてきた。

ずこーーーん



私はマネージャーに言う。

「あ、〇〇さん、あれが大通ビッセです。大手企業がたくさん入ってるビルっすよ」

マネージャーは言う。

「へぇ〜、そうなんだ。あ、イトーくん、あそこを見てごらん」


マネージャーは大通ビッセの最上階を指差す。
それから中層階を指差す。

指の方向に目を向けると、ビル内の明かりがほとんど消えているのに、その階だけ明かりが煌々とともっていた。平日の23時に。まだ働いている人々がいるのだ。


「イトーくん、あの階には、この時間でも働いてる人がいるね」

「そ、そうっすね」

「大手企業なのに、この時間まで働いているんだね」

「そ、そういうことになりますね」


柔和なマネージャーがゆったりと言う。

「ほんとさ、僕は思うよ」

「な、なんすか?」

「……」

大手さん、早く帰ってくださいって」

「たしかに。あの人たちが早く帰らないと、僕たち何やってんだってなりますもんね」



……


あのとき、マネージャーがニヤリとして言っていた「大手さん、早くお帰りください」という言葉は、いまでも夜の札幌を歩いていると思い出すことがある。


会社を作って思う。

大手さん、はやく家に帰ってください。

その差が全然縮まりませんから。

早く家に帰って、みんなでゆっくりしましょう。


<あとがき>
「大手さん」というワードが好きです。たしか東京の「大手町」がその名の由来だとむかし調べたことがあります。夜のビルを見ていると、あの中でどんな仕事をしているんだろうな、と思うことがよくあります。大手さん早くお帰りくださいという言葉には、なんだか挑戦者的なニュアンスが含まれていて好きです。今日もありがとうございました。

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