見出し画像

エッセイストっぽい人。

世の中には「私は文章を書く人間です」と胸を張る人がいる。noteに日々コラムだのエッセイだの書き散らしているあれだ。というか私だ。

持論だが文章エッセイを書く人にはグラデーションがあると思う。

まずは頭の中の思考を文章化できる人。次に、起きた事実を正確に伝えられる人。さらに、ありふれた出来事を独自の視点で描き出せる人。さらにさらにその先には、具体的な事象を抽象化して一般化し、誰にでも通じる気づきや普遍的な視点を提示できる書き手。

もしそこに、思わず笑いを誘うセンスや、美しい文体の彩り、あっと言わせる構成力が加わるなら文句なし。そういう文章に出会うと読者は「この人の世界をもっと覗いてみたい」と感じるはずだ。



ところで今日のお昼にジンギスカン丼を食べたのです。狸小路商店街にあるお店で。北海道にはそういう店があるのだ。もちろん1人で。

冷え切った雪空の下を歩いていたせいで、店に入ったときの湯気すらどこかありがたい。席に通されると、となりの席にいたカップルが食べ終えてお会計をするタイミングだった。店員さんがカップルに対して満面の笑みでこう言うのである。

「こんな寒い中ご来店いただいたので、食後のホットワインを無料でサービスしてます。どうしますか?」

ほほう。ホットワインか。......え、アルコール? ランチの時間に? きっと観光客向けだな。さてカップルはどう答えるのかな……と思ったら、

「いえ、結構です」

淡々と断った。店員さんはちょっと肩を落としつつ、「わかりました〜」と答えている。それを盗み聞きしていた私は心の中で「いや確かに、食後にホットワインって言われてもなぁ」と考える。できれば食前に聞いてほしいものだ。

そうこうしていると私もジンギスカン丼を食べ終え、会計になった。もしかしたら私にもホットワインを勧めてくれるんじゃないの? ちょっと期待しつつ店員さんを見ていると。

───ご想像のとおり、1文字たがわず同じセリフが飛んできた。

「こんな寒い中ご来店いただいたので、食後のホットワインを無料サービスしてます。どうしますか?」

知ってた。私も迷うことなく、

「いえ、結構です」

断る。この話、ここで終わりだ。



しかし、もしも。

私の席のうしろに、同じように日常の小さな気づきをすくって昇華し、それをおもしろおかしくエッセイにまとめる手練れがいたとしたら? 私のような「自称」じゃなくて、もっと気取った「本物」のエッセイストがいたら? ブルータスとかに寄稿するような、リリー・フランキーとか阿川佐和子みたいな人がいたら? 

そういう人がこの「断られ続けるホットワイン話」を目撃していたとしたら。いったいどんな風に調理するだろう?



そう思って周りを見まわしてみた。するとである。

うしろの席に妙に肌が白くて黒髪ツヤッツヤな女性。白シャツを小ざっぱり着こなしていて歳の頃は40代。ちょうどいい丸メガネ(YOUか田中みな実あたりがインタビューのときだけかけているような)をかけて、一人で黙々とご飯を食べているではないか。しかも手元にはノートとペンが置いてあるときた。私は確信を持ってうなずく。


「エッセイストだ。そこにエッセイストがいるぞ」


もう、おでこに「エッセイスト」と書いてあるくらいの女性。全身から「エッセイスト」の湯気が立ち込めている女性。落ち着いた佇まい。

もし彼女がプロの書き手なら、私のあらゆる所作を観察し、まるで新鮮な魚を拾い上げるようにメモを取っているかもしれない。もし彼女が本当にエッセイストだとしたら。そう思うと、少し胸が弾む。こんな機会、めったにない。みなさんどうですか。こういうときどう思いますか?


私ならこう思うのです。



出たい。 彼女の書くエッセイに登場したい。


ちなみにここまでの話、彼女はどう書くだろうか。おそらくこうではあるまいか。

「店員さんが勧めるホットワインをカップルが断った。つづけてやけに大柄な男性も断った。店員さんはしょんぼり。野球で言えばツーストライク。あと空振りひとつで三振アウト。これはいけない。あまりにいけない。

───私も食べ終えたとき同じ提案をされた。「ホットワインはどうですか?」だから頼むことにした。これで店員さんは三振を免れたことになる。あら、私ってやさしすぎるピッチャーかしら。きっと戦力外ね」

いい! エッセイっぽい!

しかし、私も自称エッセイストの端くれ。もうちょっと彼女に日常の機微と小さな異変を感じ取ってもらい、彼女が書くであろうエッセイに深みを持たせてあげたくなった。

というわけでエッセイストであろう彼女にさらなる追加情報をプレゼントすることにした。店員さんに「ホットワインは結構です」と言ったあと、ニヤッと続けてこう言ったのだ。

「実は......お酒が飲めない事情がありましてね」


背後のエッセイストが聞いているかもしれない。何があったんだろうと、思わず興味をそそられるくらいの「意味深」な言葉を放つ。店員さんは少し戸惑いながら「そうなんですか」と微笑む。私の真意は別にある。こうすればエッセイストの彼女は「ネタだわ! これは何か背後に事件かトラウマがあるかもしれない……!」と想像をめぐらせるはず。


さぁ、これでどうですか?


彼女はメモをするだろうか? 手元のノートにネタを書き留めるだろうか? 「ホットワインNG」「2連続」「三振回避」「事情アリの男性」のメモをとるだろうか? とれ! とっててくれよ? 

そう思いながら店を出る。

失礼ながら彼女のノートをちらりと見やった。


「明日の会議」 「要連絡」 「発注〆切」



エッセイストって身近にいないんですね。


<あとがき>
さて、冒頭の「物書きのグラデーションの話」のうち、このエッセイはどの段階にいるのでしょうか。エピソードの一般化はできていないのでおそらく「第3段階」の「ありふれた出来事を独自の視点で描き出せる」になるのでしょう。それにしてもあのエッセイストっぽい女性、絶対にエッセイストだろうな、と思ったんですけどね。全然違いました。今日も最後までありがとうございました。

【関連】なぜホットワインが飲めないの?

いいなと思ったら応援しよう!