4歳下の弟はトイレでウンコを爆発させる。
実家で暮らしていたとき、弟が使ったあとのトイレはうんこが弾け飛んでいた。比喩ではない。本当にうんこが弾けていた。
海岸に打ち上げられた鯨にガスが溜まると大爆発を起こす。ミンククジラ、マッコウクジラ、シロナガスクジラとたくさんいるけれど、弟が使ったあとのトイレは、便器の中にウンコクジラという種類の鯨がいて、それが爆発したんじゃないかと思うほどのものだった。
ウォシュレットは私たちにとって画期的な発明品。うんこをしたあとのお尻、いや肛門を綺麗にするための装置だからいわば「肛門洗浄装置」といえる。ピッとやればビャーッと洗ってくれるんだ。
でも一方でこの世界には、ウォシュレットを「うんこ誘発装置」または「うんこ破壊装置」として使用する悪しき人種がいることを、みなさんはご存知だろうか。
いるんですね。そういう人種が(倒置)。
我が愛すべき弟はその人種の代表格。
今日はそんな話がしたい。
私と弟は年齢が4つ離れている。実家で暮らしていた当時19歳の私は、弟が使ったあとのトイレの便器があまりに汚いので理由を聞いてみることにした。ちなみにどれくらい汚いか説明する必要があると思う。だから遠慮なく説明する。
あいつがうんこをしたあとのトイレの便器には本当に微細なのだけど、これはおそらく「うんこだったもの」だよなぁと思える残骸が、便器に花火を描くように飛び散っていた。
水で流しているはずなのに、便器にはかつてうんこだったもの(それはただのうんこなのだけど)がくっついていて、不快か爽快かでいうと、ギリギリ不快なレベルだった。
「便器に花火を描くように」といっても、たくさんの火花ではなく、チラチラとした火花のような、そうだな線香花火のような、とにかく微細なうんこの残骸。いや、ちがうな。うーん、うんこの粒子、そう、うんこの粒子。いいね、粒子でいこう、そう、うんこの粒子が便器についていたのだ。
つまり、弟が使ったあとのトイレに入ると、ウンコクジラが爆発した痕跡があり、便器にはうんこ粒子が発散している。
19歳だった私はそれが不思議だった。しかも弟はトイレにこもると長時間にわたってトイレから出てこない。それも不思議だった。それともうひとつ不思議だったこと。あいつがトイレを使っているときの「音」だ。
弟が使っているトイレの前を通ると、一定の間隔で「ズボァッ!」という何か水のようなものが勢いよく出ているような、まるで詰まった排水口の中からエイリアンが飛び出しているような、そういう音が聴こえてきた。19歳の私は「あ、あいつはトイレで何を産んでるんだ?」と思っていた。
「お前さ、うんこどうやってしてんの?」
「あ?」
「あ?」ときた。ちなみに私の弟は私と対極の人種である。身長や声、見た目は絶妙に私の弟なのだが、性格は全然ちがう。私が南ならあいつは北だし、私が水ならあいつは油、私がミスチルならあいつはX JAPAN。私がアメリカならあいつはロシア。とにかくちがう。
「いや、お前が使ったあとのトイレ、うんこが爆発したみたいになってるぞ? 気づいてるか? あと、お前がトイレにいるとき、なんか『ズボァッ!』て音して怖いんだけど」
「あ?」
「いや『あ?』じゃねーから。お前がどうやってうんこしてるかって聞いてんの」
弟は私たち四人兄妹の末っ子であり、その中で最も手がかかるヤツだった。田舎のだだっ広い草むらに火をつけて放火騒ぎとなり警察がやってくることもあったし、大人になってから所属していたサッカーチームでは、試合中に気に入らない相手に「おいコラ」と海賊みたいな小競り合いをしょっちゅうしていた。
私たち兄妹は男2人女2人の構成なのだけど、私は下の連中と分け隔てがない。弟がいくら手がかかるといっても私にとってはただの舎弟だから関係ない。しかも私は長男だからなにごとにも寛容。
あいつが隠れて、私のお気に入りのブーツを履いていたと判明したときは「お前、俺の大事なブーツを履くなよボケカス」と器量の小さなキレを披露したことがあったけど、今となってはいい思い出。
だからたとえ私の質問に対して「あ?」と返答してこようが1ミリも気にならない。いま知りたいのは、うんこ粒子の発散ミステリーである。
「ウォシュレット使ってんだよ」
「え? ウォシュレット?」
「そうだよ。ダーキ使ったことないんでしょ、ウォシュレット」
......なかったけどさぁ。ウォシュレット? 気になるなぁ。弟が真面目に、でも、ところどころニヤニヤしながら説明してくれた。
「まず肛門をひらく。そしてウォシュレットをスタートすんの」
「え? 始まりからわかんない。肛門をひらく? どういうこと? なに言ってんだお前?」
「ふんばる感じよ。やってみ? 肛門がひらくでしょ?」
そう言われたので肛門をヒクヒクしてみた。言われてみると心なしか肛門がひらいている気がする。
「そう。ひらく。そしたらそこにウォシュレットを入れる。注意点は熱々のウォシュレットじゃないとダメね。熱々なら熱々なほどいいから」
「入れる? 熱々のウォシュレット? お前なに言ってんだ? あと、肛門ひらいてウォシュレットしたら、水がケツの穴に入るだろ、あぶねーよ」
「ダーキ、そこなんだよ」
「なにがだよ。お前ずっとなに言ってんだ?」
「大腸を洗浄するイメージを描いてほしい。イメージが大事だから」
「え、そうなの?」
「要はひらいたケツの穴に勢いよくウォシュレットを入れんだよ。で、ずっと水を入れ続ける。そしたら大腸の中のうんこがまるっと洗い出されるの」
「ええっ?」
「だから、肛門の中のお湯を外に出すときに『ズボッ』て音が出るのよ」
「なるほど〜。ん? じゃあウォシュレットしながらうんこすんの?」
「そう。ウォシュレットしながらうんこする。だから水の勢いでうんこを破壊しちゃってるんだよね」
「お前それやめろよ。うんこをウォシュレットで壊すのやめろよな。うんこ壊したらダメだろ」
「あれだな。ダーキに言われるまで、俺が出したうんこが便器を汚してるって気づかなかったわ。壊してるってイメージはあったんだけどね」
「お前、うんこを壊してるってことは、便器にうんこが飛び散るだろ。飛び散ったら汚れるじゃん。汚れてるんだよ。そこは想像力使おうぜ。イメージが大事なんだろボケ」
「ああそうだね。以後気をつける」
「お前はむかしっから、話せばわかるやつだなぁ。次から気をつけろよ」
あいつはそれ以降もウォシュレットでうんこを破壊し続けていた。
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