ギリギリアウトな2人。
札幌市内中心部に、とあるホテルがある。
そこにはラウンジがあり、椅子とテーブルが並べられ、電源もWi-Fiも使い放題。店員さんの愛想は程よくお手洗いも近い。
そのような素晴らしい環境にも関わらず、利用客は少なく、ほとんど混雑しない。なぜなら、中心部からほんの少しだけ外れた、目立たない場所にあるホテルだから。
私はこのホテルラウンジをよく1人で利用する。電源とWi-Fiは命の泉、ありがとう、ホテルさん。
…
ある平日の午後。いつものようにそこで仕事に集中。コーヒーを飲みながらパソコンをカタカタいじる。ふぅ、と休憩。トイレに行きたい。
そう思って席を立った。
普段、各テーブルに座っている他の利用客に目を向けることはない。けれど、この日は違った。明らかに異質な雰囲気を放つ2人組を発見したのだ。
7メートルほど離れた席の50代の男女が目に留まったのだ。
向かい合ってなにやら喋っている。
手と手を取り合い、見つめあって。
50代とおぼしき男性は、スーツをバリっと着こなし、頭髪は美しく刈り上げられジェルで光っている。ビジネスマンのような見た目。平日の日中だ。
向かいに座っているのは、同じように50代の女性。男性がスーツなのに対し、この女性は普段着だ。失礼ながら、はためには釣り合っているとは言えない。
不倫かな。
平日の日中、中心部から外れたホテル、スーツの男性、普段着の女性、どちらも50代。手と手を取って見つめあって会話している。
不倫。
はてはて、と思いながらトイレに行く。
水分を外に出しながら考えてみる。
トイレから戻る。席に向かって歩く。
また彼らの横を通る。先ほどと変わらず手を取り合って見つめあっている。とろける笑顔でなにやら楽しそうだ。
というわけで、
彼らのとなりに移動した。
私は確かめる必要がある。この男女がどんな関係なのかを確認する必要が。パソコンをカタカタいじる。途中、お客さんから電話がかかってくるので、元気に応対。
気を遣ってくれるお客さんにそう言われて「ぜーんぜん、忙しくないですにょー!」と元気に答える。私は元気に働く副社長。仕事中なのだ。
…
パソコンをいじる。席のとなり。
1メートルとなりに先ほどの男女。
イヤフォンをつける。
ノイズキャンセルはオフ。
きちんと外部の音を拾える。
関係性は、あの2人の関係性は。
こんなところでまだ手を握り合ってる。顔と顔の距離がやけに近い。なんだろう。付き合って初めてお泊まりをして、それから2週間後の大学生カップルと同じような距離感。近いのだ。
ラウンジのムーディーなBGMにまぎれて聞こえてきた。
私は32歳の既婚者なのだが、この会話を聞いても彼らの関係性がギリッギリわからなかった。確定しそうで確定しない。ギリギリでわからない。
ただ温泉旅行に行こうとしているカップルなだけ、ということもある。チラチラみるのも失礼なので見ない。音だけで判別する必要がある。
わからない。
1メートルとなりだ。なのにわからない。
これはわからない。ギリギリわからない。
先ほど、この50代の男性の特徴をこう書いた。
仕事をしたまえ。
世界を前進させたまえ。
なにをしてるんだろ、私は。
やがて時間が来たので、商談先へ向かうために私はホテルを出た。50代の男女は変わりなく、まだ見つめあっていた。
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