見出し画像

17歳のときの彼女とクレオパトラ。

高校2年生のときの教室には、
私と同じサッカー部の友だちが3人いた。

ひとりは中谷なかや(仮名)といい、当時の流行りの髪型であるM字バングをキレイに整えて、2000年代の高校生らしくきちんと腰パン。

男女の隔てなく、
どちらかというと女子の友だちが多いタイプ。


2人目は重松しげまつ(仮名)で、彼は後に我がサッカー部の副キャプテンとなり、成績優秀でいつも学年総合2位。

かといってド真面目という訳でもなく、ひねくれたブラックジョークを言いながら私を笑わせてくれる。現在は教師だ。


3人目はクレオパトラというあだ名の男で、通称クレ。クレオパトラというあだ名は、彼が外国人のようなキレイな顔だちをしていることに由来する。

クレは左利きで「左の大砲」という異名があったが、クレオパトラというあだ名は中学校のころかららしい。




アサコがダーキの連絡先を知りたいってよ」


高校2年生、窓から見える木々が赤く染まり始めたころ、中谷が私に連絡してきた。


アサコは、黒髪ボブの女の子で、クラスの上位カーストにはいなかった。彼女は学校祭ではしゃぐこともないし、先生を呼び捨てにもしない。

でも、乙女友だちと話している様子を見ているとおもしろくて、リアクションがいちいちデカい。「ぐはぁっ!」とか言って笑ってる。心底友だちとの会話が楽しいんだろうな、と私は思っていた。



私はといえば、ただ毎日サッカーに励んで、友だちと机をたたいて爆笑するアフロヘッドの田舎っぺ。

貼り出される期末テストの順位は320人中、重松が学年総合2位なら、私は7位。学年7位の自称インテリアフロだ。


部活の友だちと毎日楽しく気の利いたジョークで笑うのが日課だったから、教室のうら若き乙女とデートなんてしたこともなかった。




中谷からその連絡がくる数ヶ月前。


情報の授業で「PCチャットをしてみよう」という授業があった。2ちゃんねるのようにスレッドを立て、クラス内で匿名でチャットをしようという授業。

当時はスマホなんてなくて、
2ちゃんねるの文化に精通した人間も少数。


それぞれが匿名でなんでもいいからチャットをしてみようという趣旨。設定を終えた全員が、好奇の目で1人1台のPC画面を見る。チャットが開始されるのだ。


慣れないチャットにみんなが「こんちは」だとかのつまらない投稿をする。私は静観していた。


……と思ったら謎のヒーローが現れた。

デュクシというハンドルネームの奴が、
たて続けにチャットを始めたのだ。


「後藤先生、マジ乙ww」

「もまいら、もっとチャットすれw」

「これはおいらの専門領域だw(*^ω^*)」

「おいらについてこれない奴はイッテヨシw」


デュクシはネットスラングを駆使し、なんなら簡易なアスキーアートまで放り込んでくる。次々と繰り出されるデュクシの高速チャットに、クラスは授業そっちのけ。大爆笑しながら感嘆の声をあげる。


「デュクシはだれだ! デュクシを探せ! 
 デュクシ! デュクシ! ガハハハハ!!」


クラス全員で大爆笑。



授業が終わって教室に戻るときも「デュクシすごかったなぁ」という話題でみんながニマニマ。

私は少し気になって、なぜかアサコを見た。


クラスでも比較的地味な黒髪ボブの女の子。


顔が赤かった。



……なるほど、デュクシの正体はアサコか。


そう思ったけど、特に誰にも言わなかった。

放課後にはみんな、ナゾの高速チャットの魔術師デュクシを忘れた。




「アサコがダーキの連絡先を知りたいってよ」


そう言ってきたのは中谷なかやだったが、中谷はアサコと仲が良かった。おそらくアサコが相談したのだろう。

「イトーダーキのことが好きなのだ」と。

中谷はそのあたりが速い奴で、性格もよかったから、すぐに私に連絡してきたのだと思う。


アサコ? ……しゃべったことないぞ?
でもアサコってたぶん、デュクシだよなぁ……。

でも、まぁ……


「え、アサコが? もちろんだぜ」


なんて言いながら、動揺を精一杯抑えて私は快諾した。動揺したのは、乙女から「連絡先が知りたい」と言われたのが初めてだったから。


アサコは学校祭ではしゃぐこともなく、先生を呼び捨てにもしない。高校生のノリに流されている奴とは少し違う。

アサコは先に書いたとおり、友だちといるときの姿が楽しそうな女の子。どんぐりみたいな大きな目をクシャっとさせて笑ってた。

おそらく私だけが知っている。

彼女の正体は、クラス全員を
チャットだけで爆笑させたデュクシだ。



(き、気になる……)



アサコとメールによる連絡を開始した。

当時はスマホもない。スマホがないということはLINEもない。スマホがないということはSNSもない。あったのは今でいうSMSである。


これでやりとりをした。


返事が遅いなと思ったら「センター問い合わせ」もした。若い諸君はこの単語を理解できなくてもいい。


「イトー君は、どんな漫画を読むの?」

「ド、ドラゴンボールかなぁ。家には全巻あるよ。アサコちゃんは?」

「へぇ、読んだことない。あたしはジョジョが一番好き。あたしも家に最新巻まであるの」

「ジョジョかぁ。読んだことないなぁ」


彼女はデュクシだろうから、
返信が速かったような速くなかったような。

ジョジョを読んだことのないイトー。

ドラゴンボールを読んだことのないアサコ。


利害が一致する。


交際一歩手前の王道「物の貸し借り」が発動だ。


窓から見える木は、すっかり赤い葉が落ち、
今にも雪の降りそうな雲が広がっていたはず。


お互いに漫画を3冊ずつ、
学校に持っていくようになった。

放課後やお昼休みに私はアサコの席に行って、紙袋に入れたドラゴンボールを「これどうぞ」と渡す。アサコは恥ずかしそうにジョジョの紙袋をくれる。

教室の中では、事情を知っている中谷がニマニマしている。ほかの女子も察したのか、何も言ってこない。


黙ってないのは、
学年2位の重松しげまつとクレオパトラだ。

「イトー先生? なにか私たちに報告することがあるのではありませんか?」

なぜか敬語の重松である。


「どう見たって怪しいぞ」

と言っていたのはクレオパトラで、この二人からの尋問に私はニヤニヤしながら答える。

「だって俺、ジョジョ読んだことないし」と言うと彼らは「読んでないなら仕方ないかぁ」とニヤニヤする。




ドラゴンボール全42巻を、アサコから返してもらったころ、私はアサコと付き合うことになった。

42という数字は見て一撃でわかる3の倍数だ。約2週間である。土日を挟むから逆算すれば、約1ヶ月で交際がスタートしたことになる。

中谷はニコニコしていて、
重松とクレオパトラはニヤニヤしていた。 



アサコとは札幌駅でデートもした。一緒に帰ったりもした。アサコの家は札幌市内だった。私はそこからはるか遠くの田舎町だったし部活もあった。忙しい中でデートした。


いつだったか、
気になっていたことをアサコに聞いた。


「ねえ、デュクシってアサコでしょ」

「え! ……なんでわかったの!?」

「だって、授業終わり、赤かったし」

「誰にもバレてないと思ってたのに……」

「ああいうセンス、マジでいいと思う」

「あたし、イトー君のそういうところが好きなんだ。誰も見てないところを見てる人だ、ってずっと春から思ってたんだよ」


……


半年後、私はアサコにフラれた。

2年生から3年生になった私たちは、クラスも別々になったから、気まずさが少ないのはよかった。しかしフラれるのは辛い。理由はなんだったか。一緒の時間を共有できないとか、そんなことだったと思う。


それはそれはショックだった。



フラれてすぐ、重松に電話した。

私は、キューピッドになってくれた中谷よりも、重松と仲が良かったのだ。大変愉快なことに、半ベソで電話した。夕方くらいだったと記憶している。


「重松ぅ……お、俺はフラれたよ」

「おぉ、そうかそうか。ならば聞こうじゃないか」

「待って、いま後ろにクレオパトラいないよね。お前らどうせ馬鹿にして笑うつもりだろ」

「いるわけないではありませんかイトー先生。神に誓ってクレオパトラは後ろにいませんよ」

「ならいいけどさぁ……」


と言って、私はフラれたショックをわんわん泣きながら重松に話した。重松は始終うんうんと言って、神妙な声で聴いてくれた。北海道はすっかり汗ばむ陽気になっている。


翌日「さて、朝練に行こう」と思って学校に行く。朝5時台に田園をバックに電車に揺られて、自転車に乗り換え1時間30分。フラれたショックでなにも考えられない。


サッカー部の部室を開ければ、
いつもの友だちがいる。ドアを開けた。




すると、


全員が大爆笑で私を迎えた。


キャプテン

「やあやあ、ダーキくん! 落ち込むねぇ!
 気持ちは痛いほど分かるよ〜!」

クレオパトラ

「昨日はダーキが泣き出してさぁ! わんわん泣いて泣いて! ぎゃはははは!」

重松

「後ろにはクレがいたんですがねぇ」


おそるべし、重松とクレオパトラということになるんだろうけど、部員みんなが腹を抱えて爆笑してる様子を見ると、私も笑えてきた。



そっか、俺にはこいつらがいるもんなぁ。


「やっぱ後ろにクレがいたんじゃねーか!」

「まぁまぁ、怒りなさんな」

「にしたって、なんで泣くんだよ」

「だって悲しいじゃんか。っていうかお前らこれ、一生言うやつじゃん!」


……


現在、


重松は札幌市内で教師になり、クレも札幌市内で公務員になった。いまでも定期的に会うが、そのたびに必ずこの話をする。

「デュクシはアサコで、あれはすごかったなぁ」という話もする。アサコがどうなったかは風のうわさ程度でしか知らない。



この話をするたび、重松とクレは言う。


「にしても、あのときのダーキを選ぶなんて、アサコはセンスというか、先見の明があるよなぁ」


こんなことを言ってくれるから、この2人と会うのはやめられない。私の泣きながらの電話を笑ってたって、とっても大好きな友だちだ。


それはそれはもう、なつかしい思い出。


<あとがき>
天才「なとふむら」さんとスタエフで話したときに、ラブコメ漫画の話がありました。オススメされた漫画を読んで、そういえばそんな思い出が俺にもあったような、と思い出して書いた記事です。青春時代の思い出をこのnoteに閉じ込めて、今日は終わりましょう。最後までありがとうございました。


【開催中】勝手にリレーエッセイ2023春!



【stand.fm】大人は好きなものを語り合おうね

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?