近所のおばちゃんに「おかえり」と言われても「ただいま」は言いづらい。
小学生のころ、近所のおばちゃんに「おかえり」と声をかけられると、どうしても困ってしまう自分がいた。
庭いじりをしている細川さんや、洗濯物を干している白木さんが、「あら、ダーキくん、おかえり!」と明るく声をかけてくれる。でも、どう返せばいいのか分からない。
「いってきます」のときはそんなに困らない。「いってきます」は語尾が敬語である。「ます」だ。どこかフォーマルな響きがある。
たとえ小学生でも「いってきます!」と元気よく言えば、敬意があるように聞こえるし、何の違和感もない。
でも「ただいま」にはそれがない。語尾が敬語じゃないから、相手が自分より年上だと急に言葉が足りない感じがして、妙に気まずい。
かと言って「ただいまです」とか「ただいまでございます」なんて言うと、かえって変だ。「ただいま」という言葉には、敬語のバリエーションが一切ない。年上の人に使うにはしっくりこない。
だから細川さんの「おかえり!」に対して、毎回「あ、えっと……た、ただいま〜」と語尾を引き延ばしてごまかしていた。
たまに「ただいま」自体を言わずに「あ、はは」と笑って逃げることもあった。これが「いってきます」のときなら、全力で「いってきます!」と返して爽やかに走り去れるのに。
アルバイトを始めてすぐのころ、休憩から戻ってきた人が言う。
「ただいま戻りました〜」
そっか、「ただいま」って「只今」が語源で、次にくる「戻りました」が略された言葉なんだな、と気づいたのは18歳のときであった。
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