車の中で歌う人。
車ってのは不思議だ。
運転者や同乗者にとっては密室空間なのに、他人からは見え放題のスタイルをとっている。四方に窓がついていて、中が見えるもん。しかも、移動するときた。
いつか、車の完全自動運転の未来が現実になると、車はまるで、新幹線のようにただ乗っているだけで私たちを目的地に連れて行ってくれる乗り物になる。
……
……ちょっと待て。
今書いた日本語。
これって、なんか英文を和訳したみたいな日本語だな。大学受験の2次試験のちょうどいいレベルの問題っぽいぞ?
「カンマ」が入っている英文なら難易度が高いが、入っていなければまずまずの難易度で、解けたなら「おいおい、俺って英語力あんじゃね?」ってカン違いできそうなレベル。
カンマが入っていれば、立教大学あたりで出題されていて、カンマがなければ地方国立大学あたりで出題されそうな英文。こうだ。
……ちょっと話がそれちゃった。
…
もう1回書くけど、車ってのは乗っている人にとっては密室空間なのに、外からは丸見え。しかも移動する。こんな構造のものは他にないのではないか?
運転手にとっては限りなく「部屋」と同じである気がするのだ。車という密室空間では、部屋と同じ行動をとる人が続出する。見られているのに。
たとえば、車の中で大声で歌っている人。
これはもう、大好物だ。
車の中で熱唱するときというのは、四方1キロ以内に誰もいない中で熱唱する状況に似ている。まるでグランドキャニオンで歌うかのような声量で歌いがちだ。グラキャニ。
信号待ちで車が停まるでしょう。片側2車線とかで。すると、となりに車がいるでしょう。おなじように信号待ちしてる車だ。
たまにやるのだが、信号待ちのときの私は、となりの車のすこしななめ後ろで停止する。となりの車の運転手から私は見えないが、私からはよく見える構図。これってよくやるでしょう。視線をじっと向けると、気付かれたときに恥ずかしいから、周辺視野で観察する。
となりにいる男性ドライバーが熱唱しているのだ。グランドキャニオン。
繰り返すが、大好物だ。
この前、もっとおもしろいものを見た。
片側2車線道路を走っていると、前方の信号が赤に変わった。停まろうと思って車を減速させると、右車線にいる車と、となりあう形になるとわかった。よし。やや斜め後ろに停まる。となりの運転手はどんな人だろうか。
見てみるとサラリーマンだった。
スーツ姿の40代のサラリーマン。赤信号だからいいのかわからないけれど、電話をしている。
なにやら一生懸命しゃべっているのが見て取れる。前方の信号はまだ赤のまま。
「電話をしているなぁ」と思ってみていると、その男性は鼻をほじった。小指で。電話をしながら鼻をほじっている。そして鼻からスポッと指を出す。たぶん、鼻くそがついているんだ。
いいね。
サラリーマンは指をしげしげと眺めている。眺めているなぁ。「でっかいのとれたなぁ」とでも思ってるんだろうか。サラリーマンは、鼻くそを食べることはしなかったので、ちょっとガッカリだったのだが、それにしてもいいものを見た。
…
やがて信号が青に変わったので、車を発信させる。ちょっと気分が乗ってきたので、ひとりで車に乗っていた私は、
ミスチルの『innocent world』を熱唱した。
グランドキャニオンにいるかのようにね。
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