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大事な遺伝子。

叔父のマー君から電話がきて「連れて行きたい場所があるからこの日をあけておけ」と言われた。どこなんだろう? と思いつつどこなのかは聞かず「わかったよ」と答えた。

マー君は母の弟で、私の叔父にあたるが今50歳だ。

母は私を19歳で産んでいるから、マー君は高校2年生か3年生で私の叔父になったことになる。小さなころはよく遊んでもらったし、毎年のお年玉はマー君からたくさんもらったし、何かほしいおもちゃがあるとマー君にねだった。


マー君は札幌で会社を経営している。私も今の仕事を始めてから、マー君から助けを求められて「ああでもない、こうでもない」とアドバイスするのだが、そのたびに「まさかお前みたいなやつが大成するとはな。遺伝子ってのはよくわからん」と言って笑う。


私が大学を除籍になり、なんやかんや仕事を始めたころ、それはもう10年前のことだが、ひさしぶりにマー君に会った。言われたのは「お前、まともなスーツの1着や2着もっとけよ」ということで、私は「うん」と答えた。

それから折に触れてマー君は「スーツ買ったか」と聞いてきたのだが、スーツに価値を感じていない私だったから、「買ってない」と答えた。するとマー君は「今度いっしょに行って買ってやる」と言っていたのだが、その約束は10年間叶えられることはなかった。



今日、マー君と待ち合わせをしてマー君の車に乗り込むと開口1番「スーツ買いに行くぞ」と言われた。正直どこに連れて行かれるか不安だったのだが、なるほど、スーツを買うためだったのねと合点がいく。

マー君は「お前、着てるものに無頓着だろ。なんだその服は。なんだその靴は。なんだその時計は。ダセーぞ」と言って、私の内心こだわりのある装いにケチをつける。助手席の私にチラシを手渡す。見ると「オーダーメイドスーツつくります」と書いてある。

スーツの着方には一家言ある私だが、オーダーメイドスーツは作ったことがない。「しまむら」で買ったものをいかに良さそうなものに見せるか、に熱意を傾けてきたタイプである。

お店に着くと、マー君は「予約してたマー君です」と言った。すると店員さんはすべて理解した様子で案内する。私は「へーへー」と言う。

マー君は店員さんに「うちの大事な甥っ子がまともなスーツ持ってないんでね」と言って笑ったかと思えば「いやね、ほら、こいつ、やってる仕事はちゃんとしてるんですよ。でも身なりがダメでしょう」と言ってさらに高笑いする。


採寸をしてもらった。マー君は後ろから覗いて見たり、どこかに行ったりしている。時間がかかった。生地から選び、ボタンを選び、ジャケットの裏地を選んだ。

マー君が「お前、ワイシャツも選べよ」と言うので、たくさんあるシャツを見るが決められない。マー君が「ちなみに俺はこの柄のシャツをここで買ったぞ」と言って指差す。だったらということで「じゃ、同じやつをください」と言ったら、マー君は「ふん、なんで同じなんだよ」と笑う。


帰りの車の中でマー君は「俺はな、お前らが登場してくる前は子どもなんか大嫌いでな」と言った。

つづけて「でもダーキ、お前らが出てきてな、道を歩く子どもを見たら『あぁダーキもこんくらいだな』と思ったもんだぞ」と言う。やさしくなったんだと。「甥っ子、姪っ子の存在ってのは人を変えるんだな」と言う。私も姪っ子甥っ子がいるからよくわかるし、私も子どもが嫌いだったからわかる。同じ経験をしている。

マー君はつづけて「これで自分に子どもができるとな、さらに変わるんだわな」と言う。マー君には娘が2人いる。私のいとこにあたる。そう言うマー君の気持ちは、私もよくわかるから「それもよくわかるよ」と言う。


車から降りるとき、マー君は「お前ふだんは服に無頓着でいいけどよ、なにか大事な会合があるときはビシッとしていけよ」と言った。


今日作ったスーツが出来上がるのは3月になるらしい。


〈あとがき〉
遺伝子というのは不思議なもので、店員さんへのマー君の態度、お金を払うときの冗談の言い方など、私とまったく同じような物言いでした。マー君は私が物心ついていない時代の私を知っている数少ない人ですので、なんだかもっとたくさん話が聞きたいな、と思う次第です。今日も最後までありがとうございました。

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