北海道民はじめてのエアコン。
6月の下旬。我が家にエアコンがやってきた。
避暑地として扱われる北海道も例外ではなくこの季節は暑くなる。少年時代のことを考えてみると本当に暑くなった。
小学生のころの天気予報で「今日の最高気温は28℃です」と聞くと「どわぁ夏だ! クワガタ! カブトムシ! なんて暑いんだ! いぇい!」とウキウキしたものだが、いまの天気予報で28℃という数字をみても「今日はまだ涼しいなぁ」と思える。
多くの北海道民がそうであるように我が家にもエアコンがなかった。だから買った。金額はたしか9万円くらいだった。果たして9万円分の投資効果はあるだろうか。
あった。
めちゃんこ涼しい。なんだこれは? なんか知らんけど涼しい風が出てくる。なんならちょっと寒いくらいだ。エアコンの中に北極と南極を飼っているのだろうか。それくらいに涼しい。こんなものがあるなんて。
エアコンが我が家に登場してからというもの、とても快適な日々を送ることができている。エアコンを設置してくれた熊さんに大感謝である。
…
エアコン設置業者さんが我が家にきたのは平日の日中だった。その日は私も工事に立ち会おうということで、自宅で仕事をしていた。家のチャイムがピンポンと鳴る。
ドアを開けると立っていたのは熊のような大男だった。年齢は40代くらい。けむくじゃらで玉のような汗をかきながら「エアコンを設置しにきました渡辺(仮名)で〜す」と言う。
ささどうぞどうぞ、と言って、エアコンを設置する場所を確認してもらう。我が家のリビングの壁の上段にそのスペースはある。室外機をおくベランダはその裏にあるので、熊さんにそこも確認してもらう。
「はい、これならすぐ設置できますね〜。では作業に移りますのでちょっと荷物をとってきま〜す」
さぁ、我が家にエアコンがやってくるぞ。妻にそっと目配せをするとニヤリと笑っている。こういう来客対応は基本的に私に任されているから、私は私のやるべきことをやる。黙って立ち会うのだ。
しばらくするとまた熊さんがやってきた。大きなエアコンを両手に抱えている。
気になったのは熊さんのうしろにもう1人、別の男性がいたことだった。男性は明らかに20代で若くオロオロしていて頼り甲斐がなさそうに見える。しかも彼の顔はとても浅黒く、彫りの深い顔立ちをしているではないか。私の心の中では疑問が湧く。
「ミャンマー人? 外国人技能実習生かな?」
昨今の人手不足で各社は外国人技能実習生を多く抱えている。まさかエアコン業者にまで外国人の波が? そう思ってあいさつをすると「ヨロシクオネガイシマース」と言う。むむむ! この時点では日本人なのか外国人なのか判別ができないあいさつである。
リビングにやってきた熊さんと謎の若手は、エアコンの梱包をとき、いそいそと設置準備を進める。熊さんが若手に命じる。
「ちょっとベランダのほうに行ってくれるか?」
すると若手は「ハ、ハイ!」と言ってベランダに向かう。何かしらの作業があるのだろう。彼がもしも外国人技能実習生だとしたら、母国から離れた異国で一生懸命に働いているということになるから、なんだか愛しくなってくる。
逆に彼が日本人であったとしても、40代の歳上の熊のような先輩からタメ口で命じられて「ハ、ハイ!」と言っているわけだから、それはそれで愛しいし、なんとも言えない悲哀を感じる。
ベランダから若手が戻ってきて「モンダイナイデス!」と言うのだが、このセリフを聞いても彼が日本人なのか外国人なのか分からなかった。なので妻に目配せする。彼はどっちだと思う? の目配せだ。妻は両肩をあげて「さぁ、わかんないわ」という顔をしている。感覚的には日本人だとは思うのだけど。
いよいよエアコンを壁に取り付けるとき、熊さんは勢いよくエアコンを持ちあげた。若手は見ているだけだ。私も妻も黙って熊さんを見つめている。おそらくエアコンは重たいのであろう。熊さんは両手いっぱいにエアコンを抱えて言った。
「どぉりゃああああ〜!」
黙って見ていた私は「おぉ〜」と言う。その様子を見守っていた妻も「おぉ〜」と言っている。ふと若手に視線を移すと、若手も若手で「おぉ〜」と言っている。お前も「おぉ〜」って言うんかい。はじめて見たんか?
エアコンを懸命に持ち上げる熊さんと、それを見つめる3人のモブである。
しばらくして設置が完全に終わり、若手からエアコンの使用方法についての説明があった。若手は言う。
「リモコンのこのボタンを押すと冷房がつきます。タイマーもあります。自動ボタンを押すと部屋の温度に合わせた冷風が送られるようになっています。保証書はこちらになりますので保管をお願いします」
めちゃ日本人だった。故郷のお母さんとか兄弟の多い幼少期だとか、あ〜余計な邪推をしちゃったなぁと感じて反省した。外国人でも日本人でもどちらでもいいじゃないか。
【関連】エアコンを買いに行ったときの話