海色の瞳のチャーリーは、自転車のタイヤに空気を入れてくれる。
降り積もった雪がすぐに溶けたのでまたチャリに乗った。がしかし、タイヤに空気が入っていない。だからなのかチャリをこぐ足が重い。荷台に子泣きジジイが乗っているような重さである。ムカつく顔の。
空気を入れる必要がある。
なので検索した。自転車屋さんを。するとすぐそこに2つの自転車屋さんがあった。Googleで口コミを見てみると一つ目が「空気入れをしてくれるが有料」、二つ目が「圧倒的なホスピタリティ」と書いてある。
前者のほうが近かったのでそこに向かう。空気入れごときが有料。しかし数百円ならいい。内心「世界中にある無料の空気に値段をつけるとは何事か」と思うが、手間賃なので仕方ない。
タイヤがペチャンコのチャリをこぎ、やっとの思いでお店に着くと、きちんとシャッターが降りていた。私は店の前に言葉もなく立ち尽くすのみ。クソボケ。ああ、神よ。
なので二つ目のお店に向かった。口コミに「圧倒的なホスピタリティ」と書いてあるお店である。
ふだんは口コミなど見ない私だ。物事の是非を決めるときに他人の意見を参照するなど何事か。自分で決めろと思う。長男は口コミを見ない。これが次男三男だったらしゃあない。私は長男である。
口コミを見たのは、そのお店が空気入れをしてくれるかどうか、を知りたかったからだ。空気入れごとき、ホームページを見るほどの気力はない。口コミのどこかに書いてあるだろう、と思って調べたのだが、そのお店の口コミをいくら調べても「空気入れ」に関するものは見当たらない。
代わりに「チャーリー(仮名)がすごい」「チャーリーがなんでも解決してくれる」「自転車のことならチャーリーにお任せ。彼のホスピタリティはハンパない」という口コミが目につき「チャーリー(仮名)」なるナゾの人物についての言及が目立つ。
チャーリーとは何者だ?
あまりにチャーリーがすごそうなので、もっと口コミを見てみる。
「チャーリーのおかげで北海道旅行が最高のものになった」
「卓越したサービスとプロフェッショナルで迅速な対応」
「チャーリーの陽気さに救われた」
とにかく絶賛の嵐で、あいかわらず「空気入れ」に関するものはないのだが、代わりにまるでアカデミー賞候補の映画のふれこみのような絶賛コメントが目立つ。
おそらく、チャーリーという名の外国人スタッフがいる店なのだろう。別に空気入れごときに感動的な体験とか卓越したサービスを求める私でもない。とにかくこのチャリのタイヤに空気がぱんぱんに入ってくれさえすれば余は満足である。
というわけでチャーリーのお店に行ってみた。
店は裏通りにあり、小さく雑多な印象で、自転車ショップというよりかは自転車関連グッズが置いてあるようなたたずまい。入店するのにすこし躊躇してしまったが、とにかく空気を入れたいし、チャーリーが本当にいるならお目にかかりたい。
カランコロンカラン。
ドアを開ける。
目の前にいた。チャーリーその人が。
目の色は海のようなブルー。髪の色はカルボナーラのような金色、肌はまっしろ。背はそれほど大きくないのだが、この寒い札幌でなぜか半袖。それでいて二の腕は筋骨隆々。私が女性だったなら、ぜひ抱きしめてもらいたいくらいの二の腕だ。
どこの国の方なのかはわからないが、おそらく彼が店主なのだろう。そんなチャーリーが私を、孫でも見るような笑顔で見つめて言うのである。
「いらっしゃい」
うわ、チャーリー。なんか雰囲気あるなぁ。よ、よし、聞いてみよう。
「えーと、自転車のタイヤに空気を入れたいんですけど、お金ってかかりま」
「かかんないヨ」
「えっ」
「すぐ終わるもん」
「えっ」
「大丈夫だよ、まかせて」
チャ、チャーリー。卓越したホスピタリティ。迅速なサービス。自転車のことなら彼におまかせ。
お店の前に停めた自転車をさして、「こ、この自転車なんですけど」と言ってみた。チャーリーは「アハーン、これね」と言って空気入れをセットし、自転車のタイヤホイールを確認しだした。
「アハーン、ゆるんでるね」
チャーリーはニヤリとしながら言う。どうやら空気入れのところの金具がゆるんでおり、そこからちょっとずつ空気が漏れているらしいのだ。調べればすぐにわかるものを私は確認していなかったことになる。お恥ずかしい。
チャーリーは「これがゆるんでるとすぐ抜けちゃうヨ」と言いながら金具をキチンと締める。私は私でまるで読売巨人軍の選手に媚びへつらう日テレアナウンサーまたはスポーツ報知の記者のように「ほうほう!」と言っている。
チャーリーはあの筋肉で空気入れをシュコシュコとしてくれた。するとあっという間に前輪・後輪ともにパンパンになった。
「これでもう大丈夫。空を飛ぶように走るよ」とチャーリーが言う。「えっ」と思いながら「ありがとう! ありがとう! サンキュー! サンキューベリマッチ〜!」とお辞儀をしてチャリに乗った。
空気がいっぱいになった自転車はうそみたいにすいすい進んだ。それまでの重さが一切なくなり、本当に空を飛んでいるようだった。
こんな店あったんだなぁと思ってふりかえると、チャーリーは私に手をふっていた。
迅速なサービス、卓越したホスピタリティ。私は長男だけど、これからはもっと口コミを見ようと思う。
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