「遠い山なみの光」の読後、思い出した人たち

ノーベル文学賞受賞者のカズオイシグロ氏は、イギリス育ちで英文で小説を書かれていますが、映画化され来年公開予定の、「遠い山なみの光」という作品があります。興味をもって英語版を買い読みました。この小説は、イギリス人と戦後、国際結婚をしてイギリスに幼い連れ子と移住し、イギリス人夫とのあいだにも娘をもうけた日本人女性の回想が中心として書かれています。英語も読みやすいのでおすすめです。

様々な人物が登場し長女のケイコは、すでに他界しているので口を開きませんが、同じ立場で連れ子として海を渡った人たちを知っている私には身につまされる話でした。今思い出せる人たちだけでも3人います。
(もちろん、連れ子として海外に移住したとしても、幸せに暮らす人もいるでしょう。しかし、親の再婚相手や住むコミュニティーによって、子供には大きな負担となり得ると思います。)

一人はアメリカに来たばかりの頃、中西部の片田舎の高校で知り合った当時14才の男の子です。彼は沖縄生まれで、幼い頃母親がアメリカ人と再婚して渡米した人で、母と再婚相手のあいだにできた幼少の弟がいて、家族でも英語で話すためか、日本語はすでに忘れていました。驚いたことに同級生のガールフレンドは妊娠中でした。小さな町にいたため、彼が日本人とは聞かされていましたが、学年の違いもあり話すこともなく一年が過ぎようとしていた頃、ショッピングモールで彼と会いました。お母さんが日本語を話すので、今買い物をしてるけどよんできてもいいかと私に聞いたのです。私はもちろん、といってしばらく待っていると彼が戻ってきて、お母さんは日本語を忘れたから恥ずかしいといってる、といわれ、それでは仕方ないといって別れました。しばらくして彼は軍属の父とともに、家族で別の州に引っ越したとききました。そして捨てぜりふのようにイヤーブックに残した言葉は、彼が日本人として受けていた差別がわかるものでした。

二人目は、大学時代の西海岸で私の知り合いをとおして出会った16、7の少女で、両親が離婚し、お母さんがアメリカ人と結婚したために一緒についてきたといっていました。彼女は通っている地元のハイスクールに馴染めず、お母さんもアメリカ人夫とのあいだに出来た子だけを可愛がって、私は邪魔物扱いされている、と会ったばかりの私に打ち明け、泣き出すのです。どうしていいかわからずも、必死に慰めましたが、しばらくして彼女は故郷の西日本へもどり、すでに自立していたお兄さんと暮らしはじめた、という連絡がきました。会ったときとは違って幸せそうだったのでほっとしました。

もう一人は近年、やはり知り合いを通して知ったホームレスになった女性です。私の住む町は日本人の人口が少ないので、そういう女性がいることに驚いたのですが、彼女も9才で連れ子として渡米した人で、日本語はすでに忘れていました。知り合いから彼女の辛い生い立ちを聞かされていたのですが、カソリック系高校にいっていた彼女は、その支援団体から援助を受けていたようで、衣食や身の回りのものには不自由していないようでした。私の方が危機感を感じ、ソーシャルワーカーや色々な人たちにコンタクトしましたが、みんな彼女を知っていて首を降るばかり。今いる場所からでたがらない、というのです。そして彼女は現在、行方不明になりました。

西海岸であった二人目の少女は、すでに高校生でしたし、日本に戻ることができて本当にラッキーでしたが、あとの二人は幼いときに渡米し、日本語を話す環境にありませんでした。つまり帰る場所がなかったのです。イギリス生活が長いカズオイシグロ氏も、そういった環境で育った連れ子の人たちを知っておられるのかもしれません。「遠い山なみの光」のケイコは、最初から他界して声を持ちませんが、原作や映画にこれから触れる方たちの参考になればと思い長々と書いてしまいました。そしてこれからお子さんを連れて国際結婚、海外移住される方は何かの形で、その子が日本に戻れる選択肢を残してから母国を出るようにしていただければと思います。成長期の子供が文化的背景から長期間切りはなされてしまう意味を、日本人の親は案外気づいてないかもしれません。日本では海外適応に関して子供はすぐなれる、と言う通説がありますが、長期移住は子供にとってそれほど容易ではない可能性もあるのです。

ーー




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?