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シッソウカノジョ 第十四話

 ドアの外には小さな女の子が立っていた。多分、小学校二年生か、三年生。赤い頬とおかっぱ頭の黒髪は、昔話から抜け出してきた座敷わらしのようだ。しかも頭の上に、見覚えのある猫を乗っけている。合体したひとつの生き物のような四つの瞳が、ぼくを見ていた。
「ただいまぁ。いま帰ったよ~」座敷わらしが言った。
 ぼくと座敷わらしは見つめあった。
「この子が迷子になってたから、あたしが連れてきてあげた」座敷わらし少し胸を張る。
「どこか別の家と間違ってるんじゃないかな。う、うちの猫じゃないよ」ぼくは凍りついた笑顔でこたえた。
「どうして嘘つくの」と、座敷わらしが間髪いれずに聞いた。「嘘をつくのは、なにかを隠してるから?」
 冷水をぶっかけられたようだった。絶対呪われてる。そう確信した。
「ここん家の猫で、名前はシマシマ。自分でそう言ったんだから」座敷わらしは言った。
 ぼくはヒイッと息を吸ったきり、言葉が出なかった。
「あたし、頭の上にのせてると、この子の思っていることが直接聞こえてくるんだ」
 嘘だ。そんな非科学的なことがあるもんか。で、でも名前を知ってるということは、本当にわかるのか?一気に血の気がひいていく。座敷わらしと頭の上の猫を交互に見ながら、ぼくは人前ではやめようとガマンしていたのに右腕を左手で、左腕を右手で、抱きかかえるようにして、ボリボリと掻いていた。そんなぼくを見て、座敷わらしは少しいやだなあという顔をしたが、黙ってじっと見ていた。
「で、ほんとは誰に聞いたんだ?」痒みが少しだけおさまると、ぼくはもう一度、目の前の女の子に聞いた。
「町内会長さん。それから、蓬田さん」
 意外にあっさり口を割ったな、この嘘つきめ。猫のコトバがわかるなんて話、最初から信じちゃいないんだと、心のなかで勝ち誇った気になったが、会長さんの名前が出たのを思い出して、心のなかでうめいた。ぼくの名はご町内のブラックリスト入り確実だ。
「蓬田さんって、だれだ?」ぼくは首の後ろを、皮膚病の犬のように掻きながら聞いた。
「おじさん、知らないの? いつもちっちゃいブタとかサルとか、毛のモッサモサのでっかい犬とかを連れてるおばさん」
「ああ、わかった」へラッとぼくは笑ってみせた。「でもひとつ言っとくと、ぼくはおじさんじゃないんだよ、おちびさん。他の呼び方があるだろ、たとえば『お兄さん』とか」
「お兄さん…じゃないよねえ、シマシマ」上目遣いに猫を見る。
 同意するようにシマシマがシッポを揺らした。
「ここは寒いねえ。シマシマも早くお家に入りたいよね」そういうと、座敷わらしはぼくの横をすり抜け、招きもしないのにずんずんと家に入っていく。「ココアが飲みたいな」玄関を入ると、頭からシマシマを床におろして言った。
 シマシマは当然というようにシッポを立てて悠々とリビングに向かい、ソファの上に飛び乗り、女の子がその隣に陣取った。まったく、どいつもこいつも遠慮というものがない。ぼくは仕方なくキッチンでミルクを温め始めた。しばらくしてミルクが温まると、その匂いに誘われるようにシマシマがソファから駆けてきて、ぼくの足に身体をすりつける。
 少しだけボウルに入れてシマシマの前に置くと、ぴちゃぴちゃと音を立ててうまそうに飲みはじめた。
「うちにはココアなんてないから、ロイヤルミルクティーだ」
 座敷わらしにマグカップを差し出した。すると、ぼくの顔を上目遣いにじろりと見てから、こちらが心配になるほどの速さで熱々のカップの中身を一気に飲み干した。
「郵便局のポストの前にいたの」口の周りを舐めながら、座敷わらしは言った。「それで通り過ぎようとしたら、わたしにいっぱい話しかけてきたから、抱っこしようとしたんだけど、重いから頭の上に乗っけたの。そしたら横断歩道のとこで会長さんが、『この猫はあそこの緑の屋根の家の猫だ』って教えてくれて、ブタと散歩してた蓬田さんが、『そうよ、シマシマちゃんだわ。こんなところまで一人で来たのかしら』って、すごく驚いて会長さんとなんかいっぱい早口で話してた」
 良い話しじゃないに決まってる。鉛をのみ込んだような気分になったが、すぐにあることを思いついてニンマリした。
「そうかぁ。きみはこの猫が好きなんだね」ぼくは優しく話しかけた。
「うん、好き。猫もトラもウシとかも好き」
「じゃあさ、きみにこの猫はあげる。シマシマもすごくきみが好きみたいだしね」
 ぼくは精いっぱいの笑顔を浮かべ、このまま黙ってぼくの目の前から、さっさと姿を消してくれと願った。だが、間髪いれずに「いらない!」と、座敷わらしは言った。
「弟がアレルギー。ママが絶対ダメって」
 チッ! と心の中で舌打ちする。ぼくは小動物の次に人間の子どもが嫌いだ。

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