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【き・ごと・はな・ごと(第36回)】春一番……淡島詣で

「あわせて下さい淡島さまよ
           お礼参りは二人ずれ」

縁結びと安産の神様として、むかしから地元の人たちの厚い信仰を集めてきた芦名(神奈川県横須賀市)の淡島さまの祭礼日は3月3日、桃の節句に行われる。紀州の加太を総社とする全国各地の淡島神社がそうであるように、ここも女のためのお宮で、例祭当日には針供養、雛流しが行われる。でも、ほんとうに、あそこで、今でもそんな行事が行われているのだろうか。なにかと疑り深いわたしとしては、この目で確かめて見なくては、と、淡島詣でにでかけることにした。驚いたことに、芦名方面に向かうバスの中は、淡島巡礼の貸し切り状態に化していた。「最初の子が大々安産だったから、こんども絶対と思って」「そんなに効き目あるなら、うちも是非」「ねえ、どこで降りたらいいの?」「大丈夫よ、みんな淡島神社へ行く人ばかりよ」・・・声の主たちをとみれば、高齢出産でギネスブックの記録を更新しそうな顔触ればかり。どうやら孫の誕生を心まちにしている面々とみた。遠方から連れ立って来ている人たちも多く、淡島詣では彼女たちの春一番の恒例行事。お参りを兼ねて海辺の景色を楽しみ、仲間と会食をするのが本来の目的なんだとか。バスはまもなく葉山御用邸を過ぎる。右手の視界に春の相模湾が光っている。「あっ、海よ海!」

はしゃぐ彼女たちの様子を見ていると、桃の節句に水辺や野原で弁当を広げて、禊祓いを兼ねて神との共食を楽しんだという昔の遊山と重なった。古来の習俗も、案外こんなカタチで生きているのかもしれない。やがて芦名に到着。住宅地の道筋に立てられた赤い幟幡を辿って1㌔ほど歩くと小さな舟溜まりがある。そこが芦名漁港で、淡島神社はその海辺を見下ろす高台にある。浜に沿って屋台がずらりと軒を連ねている。流し雛を行う予定だという砂浜の一角に、四隅に立てた忌竹をしめ縄で回し込んだ、お祓い用の結界が用意されていた。ここで、またびっくりしたのは、お宮に登る石段下にできていた参詣者の行列である。数十段登るのに30分もかかっただろうか。紅白の桃の木が植えられた境内は、参拝者で引きも切らない賑わい振りだ。周囲の崖に咲く薮椿の赤い花がひときわ眩しい。ここでは祭礼のこの日に麻紐を結んだ底抜け柄杓を納めるという独特の民間信仰がある。以前は自分で用意したのだろうが、今は参道で売っている。これと同様の形のものを南伊豆の白鳥神社でも見た。あちらは安産祈願。スッポンと抜けたそれは用意に安産に結び付く。で、こちらもてっきりソレだと思ったら、それプラス縁結びもお願いできるらしい。つまり丸い柄杓に結んだ麻を、むすぶ・・・えん・・・縁むすびにヒッかけた洒落掛のつもりか。麻糸は臍の緒のこととの見方もある。麻は紡ぐとは言わず績む、ウムという。績む麻、績麻と書いてヘソと読む。ヘソをたどって人を捜し当てる神話もある。これも縁結び、お産と何やら関係ありそうだが。麻の紐を収める信仰は他でもいろいろあって、社で戴いた麻を首に巻くと喉の病に効き目があるとされ、直ったら新しいのを奉納するというところもある。芦名の淡島さまのも、もともとは病の救済信仰が変容したものとも聞く。どちらにしても、あれこれ御利益が重なって困る筈もない。底抜け柄杓を手に参拝するひとの姿はなんとはなしにユーモラスで微笑ましい。太陽が傾き掛けた4時頃に雛流しが始まった。白い浄衣の神官と巫女さんを乗せた船に引かれて、お雛さまを乗せた箱舟が湾に乗り出した。先導の船からヒラヒラと海上に撒かれていくものがある。実はこれが芦名の流し雛。参拝者が境内で求めた小型の紙雛で、願いごとや厄除けを記して参拝者が納めたもの。人型に穢れを託して流す形代用としての古来の雛流しだろう。波間に漂うお雛さまは、愛らしいがどこか切ない。淡島さまという響きもどこかもの悲しい。彼女はコシケの病の故、夫の住吉明神に離縁された。流れ着いたのが紀州の加太で、そこで同じ悩みを抱える女たちを救おうと誓って神様になったという。コシケの病というのは帯下と書くように女特有の子宮まわりの病のこと。あえて独身を通したり結婚しても子供を持たないことを選択する自由な現代とは比べようもない、当時の女性に課された重責と、其処に対する女たちの思いが、このような神様を求めたのだろうか。

芦名の淡島神社は加太方面から移住してきた集団が、郷里の信仰を持ち込んだと伝えられて、創建は隣接の十二所神社同様、平安後期といわれる。1182年には源頼朝の夫人、政子の安産祈願に奉弊師が代参したというほどというから、淡島明神の神通力はかなり知られたものだったのだろう。数十年ほど前まで、近隣の小学校などでは淡島さまの例祭日に限って女子だけが授業を休んでお参りをするのを認めていたという。ところで植物辞典によれば、桃の仁を乾燥させた漢方薬は、腰部の血液停滞や月経不順に効くとある。桃はまさにコシケの病の治療薬でもあった。桃の節句と淡島信仰の繋がりは、こんな医薬的な根拠がベースにあってのことかもしれない。

海岸からお宮へ登る人の列
みんな手に手に底抜け柄杓
ふふ。こんなユーモラスな絵馬も
今も昔も淡島さんは女たちの味方
高台の社から浜へ降ろされる雛人形たち
雛流しは3月3日3時33分が目安とか
海に漕ぎ出されたお雛さま
ゆれ漂う姿が、どこか?けなげ・・・(涙)
【番外】これから海へ曳かれます。人形の数も一段と増えてた(2010年撮影)

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成12年(2000年)3月15日(水曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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