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亀鳴く
そもそも鎌倉時代の歌人 藤原為家が
川越の みちのながぢの 夕闇に
何ぞと聞けば 亀ぞなくなる
と歌ったのがこの奇っ怪な季語のはじまりだという。
鎌倉時代はさすが武士の世の中だけあって、亀までが勇ましく鳴いていたのだ。
「ミミズ鳴く」 は聞き慣れたものだけれど (実はこれはオケラが鳴いているのだが) 、果たして亀の鳴く声とは一体いかなるものだろうか…。その後も多くの人が「亀鳴く」と詠んでいるのだから、とにかく昔の亀が鳴いたことだけは確かなようだ。
ところが俳句歳時記(角川ソフィア文庫)は「春になると亀の雄が雌を慕って鳴くというが、実際には亀が鳴くことはなく、情緒的な季語。」と一刀両断してしまうのである。
現代のオス亀がメス亀を慕ってすることといえば、その両手をメスの顔前にかざしてピロピロピロと震わすことである。それがカメの求愛である。
亀は雄より雌の方がずっと体が大きい。熟年のメスと若いオスとではパンケーキとドラ焼きくらい違う。いくら一所懸命ピロピロやったって中々相手にしてもらえないのである。それで悔しくなってグーグー鳴くのかもしれない。
これは昨今の池や川でよく見るいわゆるミドリガメの習性であり、他のカメも同じような求愛行動をとるのかは知らない。
ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)は近年になって北米から渡来したカメだし、他によく見るクサガメも江戸時代になって中国からやって来た種類らしい。だから藤原為家の前で鳴いたのは今はめっきり見なくなった日本在来のイシガメだろう。
ところで何を隠そう私は大変に亀を愛する人間である。亀は黙っているのがかわいい。池のカメたちがいっせいに鳴きだしたら、たぶん一変に亀嫌いになるだろう。
しかしこれからまた世の中が物騒になってしまえば、いつなんどき亀が勇んで鳴き始めないとも限らない。私は亀の鳴き声なんて聞きたくはないから、どうぞ世界よ平和であってほしいと願う。カメが鳴くのは俳句の中だけで十分である。