HHKBのグリスアップ(その4:グリスの塗り方 本格版)
この記事は、株式会社PFU製 Happy Hacking Keyboard
「Professional HYBRID Type-s 日本語配列(型式PD-KB820 )」を例に解説しています。他の型式では軸の構造等が異なるかもしれませんので、事前に共通性の確認をしてください。
(1)グリスを塗布する手順
こちらの本格版では、HHKBを分解してカバーを開け、キー軸の裏側からグリスを塗ります。
裏側からグリスを塗る場合は先に表側を塗ってはいけません。言い換えると、「その3:グリスの塗り方 簡易版」を先に行ってはいけません。
(2)道具の購入
HHKBを分解するためには工具が必要です。こちらの「HHKB押下圧変更プロジェクト【その3:道具編」に必要な道具を記していますので、ドライバーやピンセットを用意してください。
グリスについてはこちらの「HHKBのグリスアップ【その2:道具編】」に記しましたので、そちらをご覧ください。
(3)HHKBの分解
先ずはHHKBのカバー(天板)を開けて、内部にアクセスします。
ただし、この作業をする前にこちらの免責事項を読んでくださいね。
分解の方法はこちらの記事『HHKB押下圧変更プロジェクト【その4:分解編】』をご覧ください。この方法でHHKBのカバーを外し、キー軸の裏側を露出させます。
カバーと基板を取り外すと、天板の裏側からキー軸と軸受けを見ることが出来ます(写真1)。この状態でキー軸を軽く押さえると軸を抜き取ることができます。
一度塗ったグリスを完全に除去したい場合などはこの状態から全ての軸を抜いて丁寧に洗剤で洗います。
また、HHKBの静音化のために静音リングを装着する場合も、この手順でキー軸を取り外します。REALFORCEもHHKBと似た構造になっていますので、リアルフォースの静音化や改造もこの手順が参考になるかもしれません。
写真2の赤丸で囲まれた箇所が打鍵時に軸をまっすぐに降ろすために最も重要な役割を果たしているレールです。このレールが軸をしっかりと挟んで左右にブレないようにしているため、キーがグラグラしないで真っ直ぐに降りるのです。
しっかり固定しているということは、しっかりと密着しているいうことであり、つまり強い摩擦が発生する場所です。この部分の摩擦を減らすことで打鍵感が変ります。また、この部分の摩擦が雑音の発生源のひとつです。
このレールにグリスを塗ることで摩擦が減り打鍵が軽く感じられたり、雑音が緩和されたりします。
(4)試し塗り
先ずは試し塗りをしてみましょう。
いきなり全てのキー軸にグリスを塗布するのではなく、あまり使わない2~3個のキーにだけ塗布して打鍵感が気に入るかどうかを確認します。私の場合は「¥」キーなどで試しました。
用意した固めの筆に少量のグリスを取って毛先全体にグリスを馴染ませます。筆に付けすぎてはいけませんよ。
毛先にグリスがまんべんなく行き渡ったら、その筆で写真3の赤枠の部分をサッと撫でます。ひとつのキー軸に2本のレールがありますので、両方とも同様に塗布します。
この時、グリスが白く浮き上がって見えるほど塗ってはいけません。潤滑剤は目に見えないほど薄く塗ってもしっかりと効果を発揮します。
次に、グリスを行き渡らせるために軸を数十回上下させます。
押し出されたグリスが軸のフチにたっぷりと溜まるようならば塗りすぎです。しっかりと拭き取りましょう。
一方で、フチに全く溜まらないならばおそらく足りていません。
いずれにせよ溢れたグリスはしっかりと拭き取りましょう。
ここはラバードームと接します。グリスがラバードームに付着すると、打鍵感が悪化します。グリスは粘着性があるので、ベタベタした感触が指に伝わります。
くれぐれも丁寧に作業してくださいね。
グリスが馴染んだら、まだ塗っていないキーと比べてみてください。
どうでしょうか?
押し心地だけでなく雑音も確認してくださいね。
グリス塗布後の打鍵感が気に入ったのならば、残りの軸にグリスを塗りましょう。
(5)補足:スタビライザー
キー軸だけでなく、スタビライザーへのグリスの塗布についても説明します。
写真4を見ると、スペースキーの所に金属のバーが装着されていて、その両端にグリスが付いているのが見えます。
この棒をスタビライザーと言います。左シフトキーとエンターキーにも取付けられています。
スタビライザーはキーボードの雑音発生源のひとつです。しかも、金属とプラスチックかぶつかる甲高くて不快な音を出します。
写真3ではスタビライザーの取り付け位置に白いグリスが塗られていますね。これは私が塗布したものではなく、最初からこの状態でした。皆さんのHHKBも同様でしょう。初期状態でグリスが塗布されていたので、ここにはグリスが必要なのでしょう。
この部分にグリスを塗ることで「少しは」雑音が低下します。
しかしながら、スタビライザーの騒音は摩擦によるものではなく、金属がぶつかる音、または金属が振動する音なので、グリスによる消音効果は限定的です。
(6)グリスで汚してしまったら
不必要な場所に付着したグリスは、故障の原因になったり、あるいは打鍵感を悪化させます。横着しないでしっかり拭い取りましょう。
グリスはホコリやゴミを吸着します。ベタベタしているのでゴミがくっつくのです。
また、ラバードームにグリスが付着すると打鍵感が悪化します。ラバードームがベタベタして軸にくっつくような感触が指に伝わり不快感を覚えるでしょう。
もし、レール以外の場所に誤ってグリスを付着させてしまったら、キー軸を抜いてしっかりと洗いましょう。軸受け側(カバー:写真の白い天板)も堅く絞った布で拭きます。
特に天板の裏側は基盤の真上にあたり、デリケートな場所です。また、ネジを外さないとアクセス出来ない場所であり、不具合が生じてもメンテナンスに手間が掛かります。
ラバードームにグリスが付着してしまった場合にはアルコールや洗剤を使わないでください。ラバードームが解けてしまったり、劣化させてしまう可能性があります。固く絞った布で優しく拭き取ってください。
こういう工作は丁寧さが最も重要です。「ちょっとくらいいいか」とわずかな時間と手間を惜しむと、打鍵感の悪化が早まったり、不具合の原因になったりして、結局は不快な思いをすることになります。たとえ少々面倒臭くても長期的な快適さのためにはこの段階で丁寧な仕事をしましょう。
天板の裏側が酷く汚れてしまっていたら、全部の軸を抜いて洗剤でしっかり洗うくらいの覚悟が必要です。
がさつに作業するくらいならばグリスアップは諦めましょう。HHKBはグリスアップなどしなくても10年以上快適に使用できますよ。
(7)組み立て
グリスを塗り終えたら、「HHKB押下圧変更プロジェクト【その5: ラバードームの交換編】」の手順に従ってラバードームを設置してHHKBを組み立てます。
(8)表側への塗布
HHKBの内部にグリスを塗り終わり、HHKBを元通り組み立てならばら、次は表側にグリスを塗ります。
その方法は【その3:グリスの塗り方 簡易版】をご覧ください。
以上で作業は完了です。
お疲れ様でした。
【補足】
グリスのことを「ルブ(lube)」とも言います。lube は 英語です。名詞ならば潤滑油(グリス)の意味で、動詞ならば潤滑油を塗るという意味になります。
また、日本語では潤滑油や潤滑剤などと言います。
グリスには様々な種類がありますので、(キーボードの潤滑に限らず)どのようなケースでもグリスを選ぶときは用途に合ったものを選択してくださいね。不適切なグリスを選ぶと、却って摩擦が増えたり、軸を溶かして破損させたりすることがあります。
世の中には「グリスなんて要らない。バターやサラダオイルで十分なんだ」などと変なことを言う人がたまにいます。極めて限定的なケースではサラダオイルも役に立ちますが、ほとんど全てのケースにおいて間違った認識ですので信じてはいけません。
当noteではキートップという表記に統一していますが、キートップとキーキャップは同じでものであり呼び方が異なるだけです。PFUさんがキートップの名称を使っていらっしゃるので当NOTEでもキーキャップではなくキートップと表記しています。ちなみに東プレさんはキーキャップを用いていらっしゃいます。
当noteでは、株式会社PFU製のHappy Hacking Keyboardの改造方法と、改造のための分解方法等を解説しています。
またHHKBの静音化や軸の交換にも共通する作業がありますので、そのような作業にも参考になるかと思います。
東プレ製のREALFORCEシリーズのキーボードも、HHKBと同じ静電容量無接点方式を採用していますので、リアルフォースの静音化や軸の交換にもこのブログが参考になるかもしれません。
このnoteは令和5年10月に書きました。商品や部品の情報などは初回投稿時以降更新していません。